ラーメン屋さんにて。
あがた森魚さんのライブに行く前、、小腹がすいて、ラーメン屋さんに行きました。
石巻市内のラーメン屋さんのカウンターに座りました。
このお店も、津波が来ましたが、建物は流されませんでした。
こってりスープで、縮れ麺で、割りと、好きなラーメンです。
カウンターには、5~60代の男性がいました。
醤油が、わたしの方よりにあって、手を伸ばしてとろうとしていたので、わたしは渡しました。
注文していた餃子が来たようでした。
こちらがお酢で、こちらがラー油で、こちらが白ゴマです、と、店員さんじゃないけど、説明しました。
辛いラー油は、いらないと言われました。
ツルツル頭を撫でながら、
髪によくないと思ってね。
辛いものは控えてるんだ。
と笑いました。
少しくらいなら大丈夫じゃないかなあ、と私が言ったら、笑って
じゃあ、少しだけ
と、ラー油をかけました。
そして、男性は、白ゴマを見て、
ゴマは、長生きするんだよね、
と言いました。
わたしは、どこで、なにで、長生きするかは、わからないです・・・と言いました。
男性は、
そうだよなあ、うちの妻は、津波で流されたもんなあ。
長生き、できないなあ。
俺も、あとを追うけどね・・・
・・・
あ、冗談だけどね。
と、男性は、笑いました。
男性は、女川に自宅があり、奥さんごと津波でなにもかも流されたそうです。
男性は、石巻の職場にいて、無事でした。
毎週、日曜日に、妻の墓参りに行くんだよ。
花を、毎週日曜日、添えるんだ。
と言ってました。
天気はおかしいし、石巻の雇用状況も悪いし、だんだん、日がたつにつれて、気持ちが沈んでいくんだ・・・
と、話されました。
気持ち、わかります。
周りの人は、割りと、そうです、
と、わたしは言いました。
頑張ろう
って言葉も、
絆
って言葉も、
津波の被害にあった人には、わたしはなぜか、言えないです。
簡単に言えない言葉だなあ、と、感じます。
車には、
「がんばろう東北」
という楽天と巨人のリバーシブルの紙をダッシュボードに置いてます。
家を流された職場の人から、もらいました。
津波の後、屋根の上で、一晩漂流して過ごして助かったそうです。
車に置いているのを見て、嬉しそうに、
「飾ってくれたんだね!」
と、喜んでいて、それからは、なんとなく、ずっと、車に飾ったり、座席に置いたりしてます。
何をどう、頑張っていいのかわかりませんが、職場の人の笑顔を思いだし、負けてはいけないなあ、と思っています。
ラーメン屋で会った男性は、
とにかく、真面目に、正直に、働いて、働いて、頑張ろうと思うんだ、と話していました。
わたしは、時々、息抜きをしてくださいね、と言いました。
男性は、食べ終わり会計を済ますと、
こんな知らない、おじさんの話を聞いてくれて、ありがとう!
また、どこかで会ったら、声をかけてや~!
と、笑顔で、お店から出ていきました。
これからも、きっと、みんな、大変なんだ・・・
もしかしたら、さらに大変になるかもしれない・・・
先のことは不安だらけだけど、歩くしかないんだなあ…。
石巻市内のラーメン屋さんのカウンターに座りました。
このお店も、津波が来ましたが、建物は流されませんでした。
こってりスープで、縮れ麺で、割りと、好きなラーメンです。
カウンターには、5~60代の男性がいました。
醤油が、わたしの方よりにあって、手を伸ばしてとろうとしていたので、わたしは渡しました。
注文していた餃子が来たようでした。
こちらがお酢で、こちらがラー油で、こちらが白ゴマです、と、店員さんじゃないけど、説明しました。
辛いラー油は、いらないと言われました。
ツルツル頭を撫でながら、
髪によくないと思ってね。
辛いものは控えてるんだ。
と笑いました。
少しくらいなら大丈夫じゃないかなあ、と私が言ったら、笑って
じゃあ、少しだけ
と、ラー油をかけました。
そして、男性は、白ゴマを見て、
ゴマは、長生きするんだよね、
と言いました。
わたしは、どこで、なにで、長生きするかは、わからないです・・・と言いました。
男性は、
そうだよなあ、うちの妻は、津波で流されたもんなあ。
長生き、できないなあ。
俺も、あとを追うけどね・・・
・・・
あ、冗談だけどね。
と、男性は、笑いました。
男性は、女川に自宅があり、奥さんごと津波でなにもかも流されたそうです。
男性は、石巻の職場にいて、無事でした。
毎週、日曜日に、妻の墓参りに行くんだよ。
花を、毎週日曜日、添えるんだ。
と言ってました。
天気はおかしいし、石巻の雇用状況も悪いし、だんだん、日がたつにつれて、気持ちが沈んでいくんだ・・・
と、話されました。
気持ち、わかります。
周りの人は、割りと、そうです、
と、わたしは言いました。
頑張ろう
って言葉も、
絆
って言葉も、
津波の被害にあった人には、わたしはなぜか、言えないです。
簡単に言えない言葉だなあ、と、感じます。
車には、
「がんばろう東北」
という楽天と巨人のリバーシブルの紙をダッシュボードに置いてます。
家を流された職場の人から、もらいました。
津波の後、屋根の上で、一晩漂流して過ごして助かったそうです。
車に置いているのを見て、嬉しそうに、
「飾ってくれたんだね!」
と、喜んでいて、それからは、なんとなく、ずっと、車に飾ったり、座席に置いたりしてます。
何をどう、頑張っていいのかわかりませんが、職場の人の笑顔を思いだし、負けてはいけないなあ、と思っています。
ラーメン屋で会った男性は、
とにかく、真面目に、正直に、働いて、働いて、頑張ろうと思うんだ、と話していました。
わたしは、時々、息抜きをしてくださいね、と言いました。
男性は、食べ終わり会計を済ますと、
こんな知らない、おじさんの話を聞いてくれて、ありがとう!
また、どこかで会ったら、声をかけてや~!
と、笑顔で、お店から出ていきました。
これからも、きっと、みんな、大変なんだ・・・
もしかしたら、さらに大変になるかもしれない・・・
先のことは不安だらけだけど、歩くしかないんだなあ…。
あがた森魚@石巻ラ・ストラーダ
5月25日(金)
石巻は、初めてだそうです。
先日、40周年記念の全国ツアーをしたそうです。
わたしも、ソロライブ、初めてでした。
ドキドキしました。
ライブは、よかったです。
マイクを通さず、ギターを弾き語りしながら、お客さん一人一人に歌って、よかったです。
聴いていて、友部正人さんとは似てないけど、ボブディランが好きなのかなあと思っていたら、MCで、ボブディランに影響されたと言ってました。
他の人がライブで、あがた森魚さんの曲をカバーしたのを、いくつか、聴いたことがあります。
友達に、あがた森魚さんを好きな人がいます。
あがた森魚さんの歌は、どこか、厳しい北国の雰囲気がしました。
ライブが終わって、あがたさんの本を衝動買いしてしまいました。
コインパーキングに着いたら、お財布の中身がほとんどないことに気づき、中里のコンビニまで、小雨に濡れながら、夜道を歩きました。
しかし、ATMのキャッシングはもうやっていなくて、クレジットカードもないから、山下まで、小銭を借りに歩きました。
お金を借りて、パーキングまで車で送っても らいました。次の日、お金は返しました。
小雨の中、舗装された道を歩いてたのですが、家に帰って気づくと靴が、泥だらけで、しかも、真っ黒でした。
津波の泥でした。
お財布の中身は、気をつけようと思いました。
石巻は、初めてだそうです。
先日、40周年記念の全国ツアーをしたそうです。
わたしも、ソロライブ、初めてでした。
ドキドキしました。
ライブは、よかったです。
マイクを通さず、ギターを弾き語りしながら、お客さん一人一人に歌って、よかったです。
聴いていて、友部正人さんとは似てないけど、ボブディランが好きなのかなあと思っていたら、MCで、ボブディランに影響されたと言ってました。
他の人がライブで、あがた森魚さんの曲をカバーしたのを、いくつか、聴いたことがあります。
友達に、あがた森魚さんを好きな人がいます。
あがた森魚さんの歌は、どこか、厳しい北国の雰囲気がしました。
ライブが終わって、あがたさんの本を衝動買いしてしまいました。
コインパーキングに着いたら、お財布の中身がほとんどないことに気づき、中里のコンビニまで、小雨に濡れながら、夜道を歩きました。
しかし、ATMのキャッシングはもうやっていなくて、クレジットカードもないから、山下まで、小銭を借りに歩きました。
お金を借りて、パーキングまで車で送っても らいました。次の日、お金は返しました。
小雨の中、舗装された道を歩いてたのですが、家に帰って気づくと靴が、泥だらけで、しかも、真っ黒でした。
津波の泥でした。
お財布の中身は、気をつけようと思いました。
ゴスペルlive@石巻
5月21日(月)
仕事が終わり、石巻の門脇の西光寺での、ゴスペルの無料ライブへ行きました。
ライブは、六時半からだったので、8時近くに着いて遅くなったけど、半分くらい聴くことができました。
石巻の門脇は、津波の直撃を受けて、今はほとんどの建物がなくて、さら地になってしまった地区です。日和山のふもとの、西光寺さんは、1メートルくらい来たのですが、建物が残り、今もお寺をやっています。
シアトルのゴスペル合唱団
「トータル・エクスペリエンス・ゴスペル・クワイヤ」
のみなさんが、無料ライブを開催しました。
主催はHands Of Love(ハンズ・オブ・ラブ)プロジェクトという団体です。
ゴスペル合唱団は、2006年10月にも西光寺でコンサートを行っていますが、わたしは今回、初めて聴きました。
黒人霊歌をワシントン州に保存することに貢献したり、女性人権問題、人種差別問題などの活動で、ゴスペルを通して平和運動に貢献しているそうです。
仏教の、仏像やお経の書かれた柱があるお寺の中で、キリスト教の神を讃える歌は、面白かったです。
住職さんは、
「キリスト教と仏教 という宗教の壁を超えて、祈りの音楽を味わってほ しい」と話されていたそうです。
途中から行ったのですが、門脇は津波で、日和山のふもとの建物以外、みんなダメになって、更地になっていました。
電灯もなにもない、真っ暗な街を行きました。建物がないから、道路も真っ暗で、よく見えません。
お寺の前の焚き火で、場所がわかりました。
駐車場はいっぱいでしたが、周りは更地なので、みんな、自由に駐車していました。
門脇は、買い物したり、お寿司を食べたり、抜け道として通ったり、よく来ていました。なにもないが、いまでも不思議な感じがします。
車を停めると、お寺から百メートルくらい離れているのですが、しっかり、ぶあついコーラスと、よく通った声が、聴こえてきました。
たくさんのお客さんがいました。
ゴスペルのスタンダードなナンバーや、オリジナルの曲が歌われました。
英語の歌詞なので、日本人が追うように通訳をしてました。
前の列には、手話をしている人がいました。アメリカの手話でした。
ライブが終わって、話す機会があり、日本の手話を少し教えました。
わたしは以前、石巻で手話を習っていました。石巻オリジナルの手話もあり、方言みたいなものでしょうか、それも、ひとつだけ教えました。
曲にあわせて、となりの人と、手を繋ぐ曲がありました。あるいは、前後の人に、ポンポンと肩を叩きましょうみたいな、お客さん同士、スキンシップみたいな歌がありました。
照れ臭いのか、嫌がる人もいました。
ハンドオブラブの2012年のテーマ曲があり、歌詞の一部に、
You're all important to me
I need you to survive
「あなたたち皆、私にとって大切な人だから、どうぞ生き抜いてください」
というのがありました。
お客さんの中には、泣いている人もいました。
わたしの隣の人も、泣いていました。
ハンカチを差し出したり、肩にふれそうになりましたが、こういうときは、慰めると、せっかく出た感情が、またひっこんじゃうので、ひとり、感情を吐き出した方がいいみたいなので、そのまま、そっとしておきました。
アンコールをたくさんして、最後は、
虹の彼方へ
を歌いました。
ピアノと、ベテランさんらしき女性シンガー二人だけです。
彼女は、ゴスペルの曲じゃないけど、と話されてから歌いました。
よく通る、伸びのある声は、石巻の空に届きそうでした。
ライブのあとは、プチ打ち上げに参加して、英語は話せないけど、いろいろ伝わったり、それなりに普通に話が通じて、国や年齢は違うけど、いつも普段、普通に話しているように、身の上話などができ、笑ったり、いろいろ盛り上がって、最後にはフレンドリーに写メまで撮っちゃいました。
津波で家を流された人も、となりで、普通に、一緒に盛り上がり、笑ったりして、楽しかったよ、って話されていたので、よかったなあと思いました。
仕事が終わり、石巻の門脇の西光寺での、ゴスペルの無料ライブへ行きました。
ライブは、六時半からだったので、8時近くに着いて遅くなったけど、半分くらい聴くことができました。
石巻の門脇は、津波の直撃を受けて、今はほとんどの建物がなくて、さら地になってしまった地区です。日和山のふもとの、西光寺さんは、1メートルくらい来たのですが、建物が残り、今もお寺をやっています。
シアトルのゴスペル合唱団
「トータル・エクスペリエンス・ゴスペル・クワイヤ」
のみなさんが、無料ライブを開催しました。
主催はHands Of Love(ハンズ・オブ・ラブ)プロジェクトという団体です。
ゴスペル合唱団は、2006年10月にも西光寺でコンサートを行っていますが、わたしは今回、初めて聴きました。
黒人霊歌をワシントン州に保存することに貢献したり、女性人権問題、人種差別問題などの活動で、ゴスペルを通して平和運動に貢献しているそうです。
仏教の、仏像やお経の書かれた柱があるお寺の中で、キリスト教の神を讃える歌は、面白かったです。
住職さんは、
「キリスト教と仏教 という宗教の壁を超えて、祈りの音楽を味わってほ しい」と話されていたそうです。
途中から行ったのですが、門脇は津波で、日和山のふもとの建物以外、みんなダメになって、更地になっていました。
電灯もなにもない、真っ暗な街を行きました。建物がないから、道路も真っ暗で、よく見えません。
お寺の前の焚き火で、場所がわかりました。
駐車場はいっぱいでしたが、周りは更地なので、みんな、自由に駐車していました。
門脇は、買い物したり、お寿司を食べたり、抜け道として通ったり、よく来ていました。なにもないが、いまでも不思議な感じがします。
車を停めると、お寺から百メートルくらい離れているのですが、しっかり、ぶあついコーラスと、よく通った声が、聴こえてきました。
たくさんのお客さんがいました。
ゴスペルのスタンダードなナンバーや、オリジナルの曲が歌われました。
英語の歌詞なので、日本人が追うように通訳をしてました。
前の列には、手話をしている人がいました。アメリカの手話でした。
ライブが終わって、話す機会があり、日本の手話を少し教えました。
わたしは以前、石巻で手話を習っていました。石巻オリジナルの手話もあり、方言みたいなものでしょうか、それも、ひとつだけ教えました。
曲にあわせて、となりの人と、手を繋ぐ曲がありました。あるいは、前後の人に、ポンポンと肩を叩きましょうみたいな、お客さん同士、スキンシップみたいな歌がありました。
照れ臭いのか、嫌がる人もいました。
ハンドオブラブの2012年のテーマ曲があり、歌詞の一部に、
You're all important to me
I need you to survive
「あなたたち皆、私にとって大切な人だから、どうぞ生き抜いてください」
というのがありました。
お客さんの中には、泣いている人もいました。
わたしの隣の人も、泣いていました。
ハンカチを差し出したり、肩にふれそうになりましたが、こういうときは、慰めると、せっかく出た感情が、またひっこんじゃうので、ひとり、感情を吐き出した方がいいみたいなので、そのまま、そっとしておきました。
アンコールをたくさんして、最後は、
虹の彼方へ
を歌いました。
ピアノと、ベテランさんらしき女性シンガー二人だけです。
彼女は、ゴスペルの曲じゃないけど、と話されてから歌いました。
よく通る、伸びのある声は、石巻の空に届きそうでした。
ライブのあとは、プチ打ち上げに参加して、英語は話せないけど、いろいろ伝わったり、それなりに普通に話が通じて、国や年齢は違うけど、いつも普段、普通に話しているように、身の上話などができ、笑ったり、いろいろ盛り上がって、最後にはフレンドリーに写メまで撮っちゃいました。
津波で家を流された人も、となりで、普通に、一緒に盛り上がり、笑ったりして、楽しかったよ、って話されていたので、よかったなあと思いました。