川崎病闘病記④~退院後の闘い! | Chez Rosy  ~元外資系金融OLのTOKYO ベイエリア・ライフ~

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写真で綴る、料理、子育て、時々旅行記。今日もHappyな1日を…♪

昨夕の大量おしるしにドキドキの一夜が明け、
今のところまだ陣痛は来ておりません。 ほ。。。 闘病記の完成、目指します!


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退院~1週間

大震災直後、帰宅するとエレベーターが止まっており、
病み上がりのムスメと妊婦は11階まで階段を上って何とか家に辿り着きました。

立て続く余震の中、微熱のあるムスメの体を抱きしめ、
それでも家で3週間ぶりに共に過ごせる喜びを噛みしめながら
次々流れる目を疑うような映像・ニュースを見ていました。

退院後の治療はひとつ、
一日一回のアスピリン を飲むこと。

基本的には日常生活を送ってよいとお墨付きを頂きましたが、
退院翌日から、ムスメは左手の痛みと腫れ、
両足の付け根の痛み、背中、そして再び左首の痛みを順々に、
泣いて訴えるように…。

関節痛は高熱後に出る一過性のもので、
まだお話のできない赤ちゃんの場合、おむつ替え等でひどく泣いて訴える そうです。

ムスメの場合全身の痛みに近く、また、首の痛みを訴えることに、
リンパの腫れなのではないかと非常に不安に駆られました。

夜には熱が37.7℃に上がり、白目の充血もまだ見られたので
ドクターに電話で何度も相談。
次の検査で再度、血液検査をすることになる。

立て続く福島第一原発の爆発と放射能汚染も恐怖ですが、
ムスメの状況もまた重なって感じられます。

親の目からみて、とても日常生活を送れるほど回復しているようには見えません…



退院後1週間検査(CRP値3.5に上昇)

心エコーと心電図、そして血液検査 を行う。

その結果、心臓に水が溜まり始め、心電図に不整脈が表れ、
CRP値も退院前の 2.6 から 3.5 へと上昇。

他の炎症を示す数値も依然高く、
<ムスメの急性期はまだ、続いている>
との診断を受けました…涙

発病からちょうど1か月---

症状の軽い子供であれば、
すでにアスピリン投与も終えて回復している時期です。

なのにムスメは、早めに退院させられアスピリン量を減らしたために、
とうとう心臓への影響が出始めてしまったのです!

通常3週間程度で退院する川崎病の子供と同様の扱いで、
最終確認の血液検査もせずに退院させたがために、
まだ急性期であるにもかかわらず適切な処置が行われず、後遺症が出始めたのです。

依然、急性期だったので、
退院前にムスメは体のあちこちの関節痛を訴えていたにもかかわらず
“ベッドにぶつけたのでは?精神的なものでは?”
とその兆候を見逃したドクターたち…

主治医たちの誤診だったと、
疑いだった思いが確信になりました。

このように、川崎病は沢山症例を見ているはずの小児科医ですら
知らないでいる症状・合併症が多くあるのです。

全身の血管が炎症を起こすという病の恐ろしさは、
分かりやすい冠動脈への影響だけではないのです。

ドクターもおっしゃいます、
<正直、冠動脈以外の血管や臓器への影響は調べられないしわからない>
と。

対処療法で終えるだけではなく、ドクター側にもっともっとノウハウを蓄積して欲しい

患者の親として切に願います。


この日から再度、
入院中と同じアスピリン量に戻して様子を見ることになりました。

アスピリン量が元に戻ると、
ムスメの微熱もおさまり、体の痛みも訴えなくなりました。

この病にアスピリンは特効薬であること、再認識致しました。



退院後2週間検査
(CRP値0.39)


心エコー、心電図、血液検査を行う。

心臓周りに溜まった水は解消、不整脈も見られず改善。

血液検査結果も、はじめてCRP値が0.39と、正常値に、
白血球、血小板の数値ももう一歩、というところまで回復!

発病から1か月半、ようやく回復が見られ始めました!!

熱も37℃を超えなくなるが、
依然、左目頭の目の充血が見え、
炎症が彼女の体の中にくすぶり続けていることがわかります。

症状の重いムスメは慎重に、依然急性期と考え、
アスピリン量はそのままに、発病後2ヶ月検査まで様子を見ることになりました。

外来でお世話になっているドクターは、とても信頼できる方でほっとしました。

ドクターに、“ちょっとずつ外に出ていいわよ” と言われ、
やっと自分の病がよくなっていると信じられたのか、ムスメもとても嬉しそうハート

ようやく動きにもハリが出て参りました!

“びょうき、なおるの?”

と不安げに、何度も何度も聞いてきたムスメ本人が、
どれだけこの言葉を待っていたことでしょうか。

私たち家族に、ようやく希望の光が見え始めた日でした---



退院後3週間検査(CRP値0.03)

心エコー、心電図、血液検査を行う。

心臓、冠動脈はともに正常。
血液検査結果は、なんとCRP値が 0.03 にまで回復!
今までとはまったく、桁が違います。

白血球や血小板の数値ももう一歩というところまで回復し、
ようやく <退院レベル> とのお墨付きが頂けました!!!

ドクター曰く、ステロイド治療を行っているため、
白血球や血小板等の回復にはどうしても時間がかかってしまうとのこと。

あの時は解熱が一番だったので、仕方なし…

アスピリンは続きますが、ようやく1日1回になりました。
次回からは、通常の定期検診となります。



発病後2ヶ月検診

この日を迎える1週間前、
2か月ぶりの幼稚園での始業式に数時間登園して帰ってくると、
夕方から寒気を訴え夜から 38.5℃の熱 が。

目も少々充血が見られ、手の指も浮腫みが…

38.5℃を越えたら病院に連絡と言われていたので、アスピリンをやめ、
夜間診療に駆けつける。

このじてんで熱以外の川崎病の症状は出ておらず、インフルエンザも陰性だったため、
今まで通りアスピリンを続け様子を見ることに。

翌日、主治医にも相談をし、アスピリンは1日1回でよいと言われたのですが、
その後熱が3日続いたので、
親の判断でアスピリンを1日3回に増やしました。

やはりこれは効き目があって、ようやく熱がおさまりました。

川崎病---
免疫系の病気だけあって、そうそう簡単には治ってくれないことを実感。
本当に本当に手強い相手デス…涙

結局、再発には至らなかったのですが、
ストレスと緊張で免疫が弱ったのでしょう。

幼稚園復帰は慎重に慎重を重ねて、と肝に銘じました。


そして、翌週の発病後2ヶ月検診では、
心エコー・心電図共に異常なし。

この日をもってようやく、アスピリン投薬も終了致しました!

次回は、発病後半年検診となります。



6 闘病後記


年齢が大きくなってからの川崎病は、
高熱のみならずリンパの痛み等様々な痛みを伴うため、
本人にとってとてもツライ病気です。

ただ、炎症や症状が重くとも、そしてγグロブリン不応症であっても、
そのことと後遺症が残ることはリンクしない ということを、最後にお伝えしたく思います。

また、血管拡張や冠動脈瘤などの後遺症が残ったとしても、
たいていは1年の経過観察でで自然に縮小していくので、
決して悲観的にならないで下さい。

実際に、バイパス手術や外科的処置が必要になるケースはとても稀です。

また、冠動脈障害が残った場合、小児慢性特定疾患制度 が18歳まで適用され、
退院後の通院や治療費を助成してもらえるので、
各保健所や自治体窓口に問い合わせて申請をされてくださいね。


看病する側も、何度も何度も病状が逆戻りし、
神経がすり減りに減った闘病生活でした…

病院やドクターの治療法に疑問や不信感も覚えがちで、
様々な情報にすがる思いでした。


まだまだ発病から1年の間は親として、常に体調が心配な日々です。
以前に比べ、体力が落ちているのは明らかです。

また、成人した後の動脈硬化等の成人病の心配もあります。

あれだけダメージを受けた全身の血管を少しでも丈夫に保てるよう、
食材を含めた食生活を考え直すようになりました。

この病を通して、ムスメが健康に過ごしてくれさえすればもう、
他に何も求めないという心境になりました^^

ただただ、親より長生きして欲しいと、
切に切に願うばかりです☆



~最終章として、次回は私が調べた範囲の
川崎病に関する著書・情報についてまとめようと思います~




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