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OVER 45 TRYOUT

いままで無趣味だった仕事バカで平凡な男が
45歳を過ぎて目につくあらゆることにトライ!
昔やったことがあること・まったく異世界の出来事などに
「なるべく生計に支障がないよう」果敢に?挑むブログです
周囲の声とは裏腹に本人はいたって本気です!

箱根駅伝もおしまい。
今年は青学大がスゴいタイムで初優勝しましたね。
毎年ちょっとずつ強くなってとうとう頂点に立ちました。

今年は襷がつながらないチームが多かったことがザンネンですが、なんとか全チーム完走できてよかった。いつも応援している城西大もシード権を獲得できたし。

例年になく気温が低いコース状況だったと思いますが、随所でデッドヒートも展開され、最高のレースになったと思います。

選手のみなさんおつかれさまでした!



ホントはきょう、初詣に出かける予定だったんですが、駅伝観戦しながら少々甘酒を飲み過ぎたのであしたに。松の内は混み合いますし、あしたゆっくり詣でてきます。


はてさて、




もがみんの甲板艤装も終盤。

きょうは艦尾のマスト?などをすこしだけ工作。
ホントは主砲の塗装までやりたかったんですが、年明けからずっと色に悩んでまして・・・。
艦体と同色はイヤだし、かといって軽い色になるのも避けたいので、いまだに思案中です。




ワタシがこの航空巡洋艦「最上」をつくろうと思ったのは、じつはこの後部飛行甲板下の部分が気になったからです。このスペースに居住性というか、ヘンなゆとりを感じたので。

空母ならば甲板下はもちろん格納庫ですが、巡洋艦の後部を改装しただけの本艦には見当たりません。艦載機を上げ下げするエレベーターもないので、おそらく搭載した機体はすべて露天繋止(甲板上に固定)だったはず。

そうなるとこの甲板下の部分はどう活用されていたのでしょうか?

Wikipediaによれば本艦には偵察機や観測機など、爆装や雷装の必要のない機体しか搭載されなかったとのことなので、ほぼデッドスペースだったのではないでしょうか。

このあたりは「最上」乗組員の方々に伺うしかないかも知れません。
ワタシの推測では、航空機用の資材置き場になっていたり、雨の日はここで朝礼などが行われていたりしたのではと・・・さらには任務の合間にちょっとサボる場所だったのではないかと勝手に想像していますw




今回の制作テーマは「自分が乗りたい船」。
自分自身が乗り組んでいる姿が想像できるようにつくってきたつもりです。

なにせ空いた時間で制作する「急造艦」ですのでディテールは甘いままですが、なんとなく「男の船」の様相に近づいてきたのではと自画自賛しています。

「型は古いがシケには強い」兄弟船が目標!w




艦橋部分などは汚しをかけないとそれっぽくならないかな・・・。

素朴な疑問なんですが、艦橋にはこんなふうに四角い窓ガラスが嵌まってたんでしょうかね?
大砲を撃ちまくると煙や煤ですぐ真っ黒になりそうだし、それ以前に主砲の衝撃波で割れるような気がするんですが・・・。

いつもそんなことを考えながらつくっています。
スペック通りの性能よりも実用面が気になるのは、長年現場仕事を渡り歩いてきた性分でしょうか。




なかなかの偉容に仕上がってきました。
大型模型は初めてなので最初は不安もありましたが、やはりスケールなりの迫力は感じます。




プラモデルの主流はワタシが子どもの頃から、戦車や軍艦、ガンプラという「兵器」です。もちろん乗用車や旅客機のモデルもありますが、多くのモデラーさんたちがトライするのは現在でも大半がそうではないでしょうか。

ワタシは個人的に戦争はまっぴらですが、いままでの生涯で危険な任務も幾度となく経験してきた者のひとりとして、こういう機能一点張りの造形には無性に惹かれることがあります。
よくはわかりませんが、そこには科学文明のなかで生きる道を探す人間の本性が存在するのかも知れませんね。それが正しいことなのかどうかはずっと先のヒトビトが判断すればいいと思いますが、現代人であるワタシたちにとっては自然なことだと感じています。



ちょっと理屈っぽくなってスイマセン。

年初に軍艦をつくっているワタシが願っているのは、兵器のない世界です。
ヒトを殺すために生まれた製品にも、実際にそこで起居したヒトビトのあたたかい血が流れていたことを想いながらつくっています。