毎年、6月の1週目頃には、日本のセンター試験に当たる、高考が実施される。


2007年5月時点の資料によれば、中国には1909校の公立大学(大専を含む)があるとされ、これらの大学への入学を目指す“高級中学”(=日本の高校)の卒業生が受験するのが“高考”である。


ちなみに、私立大学(含大専)は295校あり、基本的には高考に失敗した学生を対象としており、卒業が難しい代わりに無試験入学を建前としているが、実際は一部の例外を除いて卒業も容易のようだ。


受験者数の合計は1050万人となる。日本の2007年度大学入試の受験者数は約77万人であり、これに比べると中国の1050万人という高考受験者数は驚くべきものである。


中国の高考受験者数は、2001年に453.5万人、2004年に723万人、2007年には1010万人となって1000万人の大台を突破した。


2008年の1050万人という受験者数は中国でも史上最大の規模で、世界的に見ても大学入試の受験者数としては最大であり、ギネス記録として申請すれば、間違いなく世界一として認定されるだろう。もっとも、中国の人口13.2億人は日本の1.2億人の11倍であり、日本の受験者数77万人を11倍してみると847万人となり、その差は200万人に過ぎず、人口比で考えると中国の受験者数1050万人がとてつもない数字とは言い切れないのかもしれない。


韓国は、大学進学率が8割。日本は昨年、51.5%全入時代到来です。大学進学率がこれだけの数値を示すと、教育熱が高い、教育水準が高いと思ってしまうのだが、逆に言えば、誰でも入れる大学がたくさんあると言うことを考えれば、教育熱が高いとは一概には言えないのである。言えることは「大学への授業料を払うだけ、豊かになった」と言えることは確かではないか。


貧困と教育に相関関係があるというが、貧困から脱却に必要な能力は識字率等に関係があるとは思うが、豊かになった国がさらに豊かになるには、それほど、関係ないのかもしれない。超高度な発明や研究で高付加価値のビジネスを展開していくには、普通の大学ではそんなに関係ないのでないだろうか。


また、日本が豊かになった高度成長期の労働者は、高校進学率が50%くらいだったはずだし、何より日本の場合は企業の教育と日本人の勤勉さの相乗効果であったと思う。企業は、大学に教育成果を求めていなかったし、企業に順応する人材を採用し、鍛えてきたという背景がある。


安倍前首相の言葉を借りれば、戦後レジームからの脱却をしなければならないということであるが・・・