『読書好きなあなたへ贈る哲学や思想の言葉2~性格がわかるなぞなぞ占い』 | ロシマヤンのブログ

ロシマヤンのブログ

心理学の知識を元に、人間の生き方や社会のあり方について

自分なりにいろいろ考えていきたいと思っています。

感想など、コメントいただけると幸いです。

『読書好きなあなたへ贈る哲学や思想の言葉2~性格がわかるなぞなぞ占い』

 


「雪が解けると何になる?」と聞かれたとき、みなさんならどんな答え方をしますか?もちろんその質問が出たときのシチューエーションによっても違うのでしょうけれど・・・。



答えとしては当然「水」がまず第一候補でしょうか、いかにも理系の人らしい答えですよね。ただそれだと氷も水も単なる化学式H2Oでしかなくなってしまいます。確かにそのとおりなのだけど、ちょっと面白みにかけるんですね。



私なんてよく、言葉を文字通りにしか受け取らないから話していてつまらないって言われてしまいます。これ実はわりと有名ななぞかけなのでご存知の方もいるでしょうか。



正解としては「春」なんです。「雪が溶けたら春になる」と答えるほうが、「水になる」よりもどこかやさしそうで遊び心もあって、心の豊かな人に思えるんです。


それとも「雪が溶けると桜が咲く」でしょうか。春爛漫な心穏やかな人の答えでしょうか。これ面白いですよね。答えに一ひねり加えると、どんな性格の持ち主かわかるなぞなぞなんです。



ただ私、季節の変化に感じ入るような繊細な人間ではなく、むしろ春にわくわくしている若い人をみるとどうもいらだってしまうような性質でして「雪が解けると春になるよね、それじゃあ春が来たらどうなるわけ?」と嫌味ったらしく突っ込みたくなるんです。・・・えぇ、まぁ性格ブスなんです。


私みたいな本を読んでばかりで協調性皆無の話のつまらない理屈っぽい人だったら、一体どう答えるのかというと「図書館に行きたくなる」です。


これだけだとちょっとすっ飛んでいてわかりにくいでしょうから、順に説明します。



まず「雪が解けると春が来る」、これは大丈夫ですね。問題は「春になるとどうなるのか」です。これ毎年お悩みの方も多いでしょうから、わかってくれる方も多いと思います。春といえばあれが来ますよね、そう花粉症です。のどはいがいが、鼻はぐじゅぐじゅ、目はかゆくて仕方がない季節です。本当につらい時期ですよね。私なんてもともと鼻炎アレルギーを持っているので、もう大変です。



ただなぜ「花粉症になると図書館に行きたくなる」のか、ちょっとピンと来ない方のほうが多いでしょう。だからここでスギ花粉症の背景をちょっと紹介します。



スギ花粉症って6、70年代の日本で確認された病気だとご存知ですか?都市化が進む中、季節病のひとつとして出てきたものなのですね。しかも近代以前の都市ではなく、現代の病気なのです。


戦後日本では林業が盛んで、雑木ではなく杉を多く植えたそうです。当然ひとつの品種を大量に植えたほうが、単位面積当たりの収益は高くなります。ひとつの土地にいろいろな木が植えられていれば、それぞれに必要な生育方法がちがうわけで管理するのはとても大変です。そこで成長が早く商用利用できる杉が大量に植えられ、そのため杉の花粉も大量に舞い飛ぶようになったというのが花粉症の原因のひとつなのです。


さらに今はコンクリートにアスファルト、丈夫で水はけがよくて都市の交通網を整備するには欠かせない建築資材がふんだんに使われています。ですがむき出しの地面と違って花粉が舞い上がりやすいらしく、雨が降らないと大量の花粉が都市部では風が吹くたびに舞いあがってしまいます。


最近は環境にやさしい村落のあり方として里山が見直されているわけですが、昔ながらの里山に雑木林なら、花粉症に悩むこともなかったのでしょうね。ああ、どうして人間はこうも愚かなのでしょう。便利になったつもりでいたけれど、実は不便になっているじゃないかと、文明社会を嘆いてしまいません?



そろそろ途中経過をまとめてみましょう。「雪が解けると何になる?」の答え、「春が来ると花粉症になる。すると花粉症の原因をあれこれ考えて、自分の暮らしている文明社会が嫌になる」というわけです。なんて理屈っぽいのだろうと言われてしまいそうな答えですね。



理屈続きでどうすればこの文明への憂いを経ずに春を過ごせるでしょうか、ちょっと考えてみたいと思います。スギ花粉が原因であるなら杉がないところにいけばいいですよね。戦後、杉が植樹されていない地域、たとえば沖縄にでも旅行に行けばそもそもアレルギーを引き起こす花粉がないので、花粉が飛び回る時期に避暑の要領で転地療養すればいいわけです。「雪が溶けると沖縄旅行に行く」、これならアクティブでポジティブな人の答えに思えますね。


そこで考えてみたいのが、どうやって沖縄まで行くのかです。単純に私が沖縄まで行こうとすれば羽田から飛行機で那覇まで一飛びすることになるでしょう。ただこれ、すごく私たちの今の暮らしの根本を象徴していませんか?文明社会の歪みから逃げ出そうとして、飛行機という文明の利器に頼らざるを得ないという皮肉な構造が見て取れるわけです。


こういうの身の回りにたくさんあるんですよ。今は公衆衛生が格段によくなって生活環境は昔よりずっと清潔になっているのでしょうけれど、それだけにちょっとしたことがトラブルになったりしません?たとえばゴキブリ、人がいればゴキブリだっていて当然なのですけれど、食卓にゴキブリが出て平然としていられる人、なかなかいませんよね。ましてやこれがねずみならどうでしょう・・・私のような小心者ならもう大パニックです。




ほかにも最近の通信機器もあげられます。パソコンや携帯電話、いまどき誰でも一人一つは持っていますし、人によっては家族用、友達用、恋人用、仕事用などなど、目的に応じて携帯電話を複数台使い分けたりしていることもあるようです。世の中ずいぶん便利になりましたよね。



おかげで私たち、友人に送ったメールがなかなか返って来ないとき、なにか嫌われるようなことしてしまったのではないかと相手をいつでも気遣っていられます。



たまの休みの日でも自宅に会社のノートパソコン持ち帰って仕事に打ち込めるわけです。さらに最近はサーバーサイドシステムやクラウドィングコンピューターなんてITサービスもあって、会社のノートパソコンを借りる必要もなくなってきましたから、自宅への仕事の持ち帰りも手間要らずです。



世の中便利になったわけですが、果たして社会は豊かになったのでしょうか。同じような疑問を感じたこと一度くらいありませんか。世の中どんどん生きにくくなっているのに、この便利な世の中から抜け出して素朴に暮らしていこうって人はなかなかいないですよね。お風呂もトイレもないジャングルの未開社会で生きていけますか、と考えてみればまず無理です。



文明を批判しておきながらどっぷりと文明社会につかっていて抜け出せない自分が惨めになってきました。なぞなぞの答え、だいぶわかってもらえたかと思います。「雪が解けると春になる。春になると花粉症にかかる。花粉症になると文明社会が嫌になる。文明がいやになると自分の暮らす社会から逃げ出そうとする。逃げ出そうにも文明に頼らないと逃げ出せない自分に気づく。そしてそんな自分が嫌になる」こんな具合です。なんだか風が吹くと桶屋が儲かるみたいになってきました。


ただなぞなぞ占いをしていて自己嫌悪に陥るだけだとイヤになっちゃいますね。少しはうるうると感動して楽しく笑っていたいものです。だって春なのですから。そういう時、今に生きる私たちができること、何かないでしょうか。



そこで自己嫌悪に陥る文明逃避ではなくて、過去の思い出に耽ってみようと思います。さっきのお風呂もトイレもない生活はすこし極端でしたので、もしケータイやパソコンがまだ少なかった頃の生活に戻れますか、と問われたならどうでしょう。



青春映画や純愛ドラマの主人公が直筆の手紙を恋人に送るシーンがあったら、共感する人も多くないですか?電話は一家に一台しかなくて、手紙と駅の掲示板くらいしか好きに使える連絡手段がないころ、古いアニメを見ていてまだ公衆電話から友達に電話したりしていたなという時代です。


先日『紅の豚』が放送されていましたけど、たとえばジブリ映画の『耳を澄ませば』を見てバーコードで書籍を管理する以前、貸出人一覧が乗っている図書カードに書かれたお互いの名前に惹かれあう若者たちなんて、一度くらい憧れませんでしたか。




自身の体験としてそういう純愛経験はしたことがなくても、小説やドラマに感動した記憶って、やっぱり大人になっても残っているものです。そして「あぁ、あの頃、本当にこういう恋愛にあこがれたなぁ」なんて思い出話、やっぱり切ないですよね。



あの頃の思い出、私たちはもうそこにもう戻ることはできないのですが、でも確かにかつてすごしてた時代の記憶ってどうしようもないほどに切なくなります。なぜでしょうね、昔のことって今となっては何になるわけでもないのに、ずっと心の中に残っていたりしませんか。思い出ってそういうものなんです。懐古とか古き良き時代への郷愁とか、そんなものあっても今更役に立たないのに、どういうわけか心はそこに立ち戻ってしまうのです。


 

思い出って、何回でも繰り返し再生したり話したりできるんです。今は移ろいやすく、これからは一体どうなるのかわからないけれど、過去の出来事は基本的に永久不滅、だから安心して戻ってくることができるいわば心のホームタウンといっていいでしょう。これからどうなるのかわからない今を乗り切るために、過去への沈滞や退行ってときに心の支えになるんです。


何回も語り直され、時には今の視点から再編集されてより強固なものとなり、不安定な今を乗り切る活力となる。だから一昔前の思い出ってたまらなく切ないんです。「切ない」というより「切れない」のかもしれません。捨てられませんよね。だからこそ貸出人の名前が載っている図書カードに恋を咲かせるちょっと古風な恋愛ができた時代の作品――もう私たちが戻れない時間――におもわず見入ってしまうのでしょう。



それではなぞなぞの答えです。「雪が溶けると昔に想いを馳せる。そして図書館に行きたくなる」。「雫」ちゃんに会えたらいいけど、「聖司」君には到底なれない。さえない男の妄想願望でしょうか。



2012/4/7
桜の木の下でマスクをつけて読書するロシマヤン