ロシマヤンのブログ

ロシマヤンのブログ

心理学の知識を元に、人間の生き方や社会のあり方について

自分なりにいろいろ考えていきたいと思っています。

感想など、コメントいただけると幸いです。

Amebaでブログを始めよう!

鳴海は昔の自分のアルバムを見て勝が笑ったあとに鳴海は拳法を習ってみないかと誘います。

今ントコ、オレが笑わせられるのはおまえだけだ。
オレの命のためにもおまえにゃ笑っててもらわねーとな。


こんなこと言っていますね。

そう、第2幕でもでてきましたが「自分のため」なんです。

でもこれっていわゆる利己主義ではないんですよね。

子供たちの笑顔に寄り添い、

虐げられる子供たちのために怒り狂うのが鳴海にとって自分自身の存在証明ですから、

いってみれば使命とか天職みたいなものですね。

それは損得勘定を抜きにして鳴海は勝を守るという意味で決定的に利己主義と異なります。

このときの鳩が豆鉄砲をくらったかのような表情にもぜひご注目ください。

ここで勝の心の中で大きな変化が起こります。

これまで勝にとっては弱虫泣き虫の怖がりである自分がデフォルトでした。

 

自分はそんなもんだと思っていて、

そこから変わりたいという願望はあっても、

どうすればいいのかはわかりませんでしたし、

変わろうと努力もしてこなかったんです。

そんな勝にとっては強くて優しくてお兄さんとしての鳴海は現実離れしたヒーローだったのでしょうね。

現実離れしたヒーローになんて自分がなれるわけもないと思っていたから、

こんな呆けている表情が出てきたと考えられます。

 

ここからすこしはロシマヤンの専門である心理学っぽいお話として、メンターとしての鳴海について考えてみたいと思います

勝にとって鳴海は現実離れしたヒーローとしてとらえられていました。拳法をやってみないかと誘われても、そういうのはテレビの中の世界だけだと思っていたと答えます。

これに対して鳴海は

戦う方法はテレビの中だけにあるんじゃねえ。
強くなりたいヤツが教わりに来るのを、
この世のどこかでちゃんと待ってる実在のもんなのよ。

このように伝え、それでも自分は体力もなくて、体育だって苦手でぜんぜんだめだという勝にこう返すんです

何もしねやつらが言うのは、いつもそのセリフよ。
アルバム見たろ
オレはひょろひょろだったろ?

オレとお前は似ているんだよ

じや…じゃあ僕も…お兄ちゃんみたく…?

ああ、俺よか、強くなれるぜ

勝の中の鳴海に対する認識が超人的なヒーローから、彼にとって現実のあこがれへと変化する瞬間でした。それと決定づけているのが次のこれ以上ないかっこいい鳴海の一コマです

そして実際のあこがれ、目指すべきメンターを得た勝の表情に注目したいですね。

 

男の子にとってはこういうものなんでしょうね。

こわがりちびボーズがいっぱしの男になるために、

自分より強い雄の背中がどうしても必要なんです。

 

ここまでずっと一人でいた勝にとってあこがれる、

目指すべきメンターを見つけた素晴らしい夜だったんです。

メンターという言い方をしてしまいましたが、

これはどちらかというと人材コンサルタント的な意味合いが強かったかもしれません。

より心理学的な説明の仕方を考えてみたのですが、

心理的発達段階論(Life Cycle Development Theory)をちょっと紹介してみます。

これは年齢ごとの体の発達していくのと同じように、

ある特定の年齢帯に特有の心理的な課題や特徴的な行動がみてとれるという考え方です。

フロイト、エリクソン、ハーバーなどさまざまなメジャーな考え方がありますし、

マーラーやボウルヴィの愛着理論だってLife Cycle Development Theoryの一つといえるかと思いますが、

この漫画は思春期・青年期の自我確立の観点から考えていくのが面白いです。

 

特に現実的な目指すべき目標をみつけるというあたりなのですが、

エリクソンのLife Cycle Developmentによると幼児期を卒業した子供たちは学童期へと入り、

その行動特性はそれまで母親にべったりしていたのに、

だんだんと親の干渉を嫌い同性の子供たち同士で遊ぶようになります。

 

同性のおなじ年頃の子供たち同士で遊んでいく中で、

男らしさや女らしさをすこしずつ学んでいくんですね。

 

だからこの時期の男の子には子供どうして遊んでいるときは「おれ」、

家に帰ると「ぼく」のように一人称を使い分けだしたりするようになります。

 

これが青年期あたりになると完全に「おれ」で統一されて、

家の外でもなかでも男らしいふるまいをとるようになったりします。

 

勝の場合はちょっとずつ男らしさを学ぶ機会がなく、

家族や友人に恵まれないことからひどく自尊心が低下した状態でした。

そこにいきなりかっこいい憧れる兄を得たのですから、

その敬愛はとても強いものだったんでしょうね。

 

それがわかるのはこの物語の最終決戦前夜なのですが、

鳴海とともに戦う勝の成長っぷりを熱く語りたくなってしまいます。

 

そしてこの夜が勝が鳴海にあこがれる最初の大切な、

そして唯一の一晩だったんです。

 

藤田先生の10年近い連載において描かれたたった一晩が、

物語のもっとも重要な転換点だったわけで

いや、深いですね。