09.08.24〈月〉


今日のタイトル、実はかなり迷う。

「大人の見本」

「勇気」

「社会力」など


「××力」という言葉は個人的に好きではないので、

はずすとしても焦点をどこに合わせるか暫し悩んだ



昨日、青山に行く途中遭遇した出来事である。

目をつぶって電車の心地よいゆれに身を任せている最中

「ちょっと」

という大きな声で現実世界に。



私の前に座っている中年の男性が

「ちょっと」

「お姉さん」と声を張り上げている。



男性の視線は私とちょっと離れたところに座っている

20代の女性に向けられている。

だが、肝心な彼女は周りの状況など眼中になく、

白く綺麗に伸びた脚にクリームを塗るのに夢中になっている。



男性は見るにみかねて

彼女に近寄り、

「そんなみっともない真似、やめなさい」

「恥を知りなさい」

と厳しく注意する。

彼女は理不尽な思いをさせられたといわんばかりに

全身から嫌なオーラを発しながら電車を降りる。



「みっともない真似」

「恥」

「躾」


今は公共の場で

何をやっても

「人に迷惑さえかけなきゃいいじゃん」

という認識が見え隠れしていると感じる。



「人に迷惑をかけてはいけない」という

他人が考え方の基準になっている日本人の価値観にも問題を感じるが、

人の目を一向に気にせず

「どこでも my room」状態が実現できる自己中心的な考え方には恐怖を感じる。



恥じらいを覚える

品のある美しい振る舞い

心が洗われる素敵な言葉遣い



私自身も忘れかけている



社会のありかたは

その社会の目指す価値観を露呈する

恥じらいと品のよさを求めていた大和撫子は

いづこへ



健全な社会を成すべく大人は

次世代の担い手となる若者を持て余し、

鏡であるべく大人は

自ら矛盾を引き起こす



私の中の矛盾も

学生には他山の石となるであろうが

最近は

「魔法のことばをつむぎだしたい」

と密かに思ふ















09.5.26(火)



インフルエンザに近い風邪のあと

体力の消耗が激しかったのか、なかなか現状復帰が難しい。

それに悲しい現実が続き、完全に意気消沈してしまったのだ。



元教え子に刺し殺された中央大学の先生

犯人が見つかってホットしたのもつかの間

「元教え子」に殺されるという胸が張り裂ける思い。

他人事ではない


助手にも言われてしまった

「先生、気をつけてください」

「やはり?」


中央大学の先生には足下にも及ばないが、

私自身も何回か「教え子の裏切り」に逢ったことがある

精神的に問題を抱えている学生だったので

こちらの対応に問題があったのかもしれないが、

「親身になればなるほど恨まれる」という

大変理解に苦しむ構図


帰りの電車で涙を堪えきれず

周りの目も気にせず涙を流していたことも



学生と距離を置いて接することができないわたしは

辛い経験を繰り返しながらも距離を縮めることができずにいる

それでもだいぶ距離を置けるようになったのだが、

簡単なことではない。


情が通い合える生き物と距離が置けるとは神業だと思う


2年2ヶ月飼っていたハムスターとのお別れ

ロボロフスキーという種類でハムスターの中では一番小さいタイプ

寿命は長くて2年といわれているので、長寿だった。



今年の3月ごろ目の病気をし、片方の目を失ってしまった

それでも強い生命力をわたしたちに見せていたのだが

先日老衰でなくなったのだ

大往生だった


この小さな命はリビングの一角に家を構えていたのだが、

この家の前を通る度に主を捜すようになる

大きさは小さめのたまごくらいなのに

命が息吹いていたものだけに情が移る


情は国籍より現実を選ぶのか


祖国の前大統領の自殺

一番ショックだったのはわたしの反応

ネットでそのニュースを知り、ビックリしたが

戦慄が走るほどの衝撃を受けていない

中央大学の先生の事件の方がよりショッキングだった



日本国籍ではないわたしにとって

日本はわたしを守ってくれる国ではない

祖国があるから

祖国の国籍で存在していられるからこそ

守られているのに…



目先の現実

日々の生活に

心動かされる自分に

悲しみと切なさを感じる



寿命を全うしたわたしの家族

宝モノである「教え子」に命を絶たれてしまった中央大学の先生

すべての問題を自らの命を絶つことで終わらせた祖国の前大統領


3人のご冥福をお祈りします


命が宿る春は

悲しい現実を伴うことが多い…























09.5.17(日)



「師の日」

日本では耳慣れないことばだが、

祖国では「師の日」というのがある。


それは毎年5月15日である。

その昔は青少年赤十字の団員が

退職した教師や闘病中の教師を訪ね歩いたことが切っ掛けとなったようだが、

1965年から5月15日を師の日と定めて今日に至っているようだ。



親を大事にする、師を大事にする

儒教の国ならではの記念行事だと思う

「師の日」とはいえ、祝日ではないので

みんな普段通り会社や学校に行く。

社会人はこの日に先生を訪ねたりもする。



ただ、いつもと違うのは

学生も教師もなぜかうきうき気分になる。

学生はカーネーションを用意し、先生に渡す

その際は「師の歌」という歌も一緒に歌う。

心温まる瞬間である。

涙腺がゆるくなる歳となると目頭が熱くなることも…

記念日

への賛否両論はあると思う

生きていれば、確かに

「毎日が記念日」であることに違いはないが、

改めて記念日の趣旨を考えられる、

意味では、記念日そのものは悪くないと思う



今年の5月15日は先週の金曜日

その日は1年生の歓迎会を兼ねて小さなパーティーがあった

1年生はちゃんと赤いカーネーションを用意し、

先生方に手渡していた(担任の先生に教えてもらってはいたが)

わたしもぎりぎりセーフ(体調の関係で)でその赤いカーネーションをいただけた。



個人的には

今海外留学に行っている学生から

お手紙とカーネーション代わりのお花の写真が

メールにて贈られてきた

メールというところが時代を表していて面白いが(笑)



「師の日」を通していろいろ考えさせられた


わたし宛てに書いたメールにあった文面が心に残る

「よく体調を崩している先生を見て

そこまで自分を犠牲にして仕事をしなくてもと思いました…」



「師の立場」に立つ難しさ

理解してもらえることの難しさ



彼女に宛てたわたしの返信には

「いずれあなたが大人になったとき

今のわたしが少し理解できればそれで幸いです…」



教師のことばが

ひとりの人間の胸に眠り、

いずれ目覚めた瞬間、

その瞬間に教師の役目は終わると

3年B組の金八先生は言っていた

気がする…


















   






09.5.16(土)



一週間ぶりの更新

アメブロがなぜかよそよそしく感じる

おそるおそるブログを開けるのだが、見たくない通知票を開ける感覚


ここで、ブログは頻繁に更新しないと疎遠になるとひとつ学ぶ



一週間遅れとなったが、

今年は母の日のプレゼントに嬉しくも二つのプレゼントをいただいた。

一つが天からの「休息券」

もう一つが「花束」



一週間前の土曜日の夜

凄まじい寒気と吐き気に襲われる

その後、高熱と咳、喉の痛みが次々とおとずれる

不惑の体は余儀なく万年床を強いられ一週間を横の状態で過ごしていた



天から贈ってくれた母の日のプレゼントと快く受け止めた

毎年、連休明けの5月は要注意の時期なのだ

新学期の疲れが連休でとりきれず、気がゆるんだところで敵の襲撃にあう



問題は歳を重ねるごとにこれがハデになると言うこと

(そういえばファッションも熟女になるとハデになる気がする)

何年か前までは2,3日休むだけで何とかなったのに

今回は約一週間かかった



年齢を重ねることがけっして嫌ではないのだが

体力の蓄えのないわたしにとっては致命的な損失が多い

体力増進に励むか、体力と相談しながら仕事をするか、どっちかにしないと…



天からのプレゼント、休息命令は

贅肉が削ぎ取られるという嬉しい結果と共に口角炎も残す形に。

それと何より良かったのが

学生との信頼関係を確認できたこと

まだ一ヶ月しか接していない1年生たちなのだが、

みんなが心から心配してくれていたことがわかり、本当に嬉しかった。

大事な授業を一回休講にしたにもかかわらず(涙)


昨日は久しぶりにみんなの笑顔に出会い、心電池が充電できた(うるうる)



もう一つのプレゼントが花束

「ベルサイユの子」を一緒に見に行ったSちゃんからのプレゼント

Sちゃんは3月まで職場で一緒だった。

いろいろ話しているうちに腹を割って話せる仲となったのだ

かわいくて純粋な彼女の力になりたい一心でいろいろ相談にのっているうちに

いつの間にか彼女の「職場の母」となっていたようだ。



映画を見終わって帰りの駅で手渡されてビックリ

この歳で彼女くらいのむすめを持つためには

校則などを違反し、両親の反対を無視し早齢出産しないといけないが(笑)

そんな細かいことは良しとして

嬉しかった!



日本全国にむすめたちが増え続けている

お腹を痛めずむすめが持てる喜び(話がちがう)


来日20年、時間はかかったが、

「自分を貫いて真心で接する」

国境も国籍も人種もこれで越えられる

としみじみと思う




milkywayのブログ


赤いカーネーションと赤いバラに

彼女の真心を感じる



新しく誕生したむすめの人生に

幸多かれと母は願うのみ…














09.5.9(土)



家の近くのスーパーで

信じられないほど安いモノを発見

「大葉」100枚で198円

これは10枚の値段なのか、100枚の値段なのか

しばらく固まって考えていた

このシールの張り方はどう考えても100枚の値段なのだ

勇気を出してカゴの中にいれる



スパイス・ハーブ系が大好きなわたし

大葉も大好き

まぁ、分かりやすく言えばどこに行っても生き残れるタイプ


大葉のチヂミは大好きなのだが、大葉が高くてつくれない

旦那の実家に大葉が自生していた時はよくつくっていたのに…

10枚で100円くらい、100枚だと1000円

1000円を投資して大葉のチヂミを作ろうとは思わないが

100枚で198円なら喜んでお作りいたします!


嬉しくもお庭に大葉が自生して処理に困る方は必見です


milkywayのブログ

今日は具にニラとイカを一緒に入れてつくったが、

夏は青唐辛子を少し入れてもいいし、

好みでタマネギ・キムチなど

冷蔵庫に残っていて水気の少ない野菜なら何でもO・Kなのだ



材料は

小麦粉2カップ(グラムより簡単なので)

片栗粉1/2カップ(かりっとした仕上がりになる)

大葉100枚

にら1束

イカ(小)2杯

たまご1個

お醤油大さじ2

塩少々

水350cc



粉と水の分量は粉によって変える必要がある

粉によってかなり変わってくるので様子を見ながら水をいれてほしい

お醤油はめんつゆでもいい

我が家はカマダの低塩だし醤油を使用

ダシの代わりになるし、味もつくのでおすすめ


milkywayのブログ

とろっとした感じで生地ができれば

具を投入



milkywayのブログ

これが焼く前の写真



milkywayのブログ

片面を焼くとこのようなグリーンフィールドが広がる

驚くなかれ

これが本当においしいんです!



milkywayのブログ

完成版



チヂミを焼くと

夕食前からわたしの目を盗んでむすめが食べだすので

一枚はなくなっていることが多い



久しぶりにつくった

大葉のチヂミ

夏を一足先に感じられた

さわやかな5月の夕食時でした






















09.5.9(土)



4月末の朝日の夕刊で

「ベルサイユの子」に出逢う

さっそくシネスイッチ銀座をHPでチェックし

場所と日にちを見積もる



金曜日がレディスデーであることは

結構めずらしいと感じる

わたしとしても都合がよい

週の真ん中より週末前夜の方が足を運べる




レディスデーの料金は普段の半分

女で生まれてよかったとしみじみ思うと同時に

こんなおいしい話を見逃すことはできない

淑女、いや熟女のわたくし(笑)



子役の男の子が女心をくすぐる

つぶらな瞳、物憂げな表情が母性本能を刺激する

子役のお陰か、レディスデーのお陰か

昨夜の劇場は紳士と淑女で(熟女の方が多かった)

ほぼ満席だった



ベルサイユ宮殿は10年以上前に行ったことがある

パリ旅行最後の日、というのもあったが

広すぎるベルサイユ宮殿と庭園を満喫する体力がなかったため

細部にわたって観ることはできなかった



わたしの印象に残っているベルサイユは

「アンモニアの悪臭がひどかったこと」

巨大な宮殿、虚無な欲望、人間の醜悪な一面



今や世界遺産に指定されたベルサイユ

過去は悪政に苦しんだフランスの歴史を背負っているベルサイユ

現在は観光の目玉となり経済に役立つベルサイユ

そんなベルサイユで感じたわたしの感想は

決して華やかなモノではなかった


「ベルサイユの子」の監督も

きっとそのようなことが言いたかったのかな…

だが、ストーリーの展開・細かい設定など

腑に落ちない部分も多々あった

最後は、お決まりのフランス映画の落ち

というべき終わり方



1話完結で育まれてきたわたくしの感性

決して完結した内容で人生を終わらせたくない

フランス映画

その内容は永久につづくのだ



後半の締めくくりに苦しんだ(と思われる)

監督の下した判断に

わたしもしばらく唸ってしまった…
























09.5.9(土)



むすめの遠足は

昨日の気まぐれ天気で台無しになったが

母親のがんばりはクラスの子どもたちには伝わったらしい

「気合い入っているね」って

お褒めいただき光栄でございます…



気まぐれ天気だったにもかかわらず、夕方は銀座へ

5月2日からシネスイッチ銀座で

「ベルサイユの子」をやっている


久しぶりのフランス映画

タイトル、子役の男の子、レディスデーの料金に惹かれ

Sちゃんを誘って急遽銀座に出向くことに。



映画を観る前に

お腹を満たそうと思い、銀座3丁目のサブウェイへ

お店に入るために道を渡ろうとしたところ、

二人の目の前に広がったのは

「都会の虹」



milkywayのブログ

携帯の画像がわたしのより

キレイなSちゃんに写真を送ってもらった

どうもありがとうね。



こどもの頃は

夕立の後の虹はめずらしいことではなく

自然現象の1つとして普通に認識していた

だけど、虹は何度逢っても出逢う度にドキドキする

虹をつかもうと虹をめがけて走り回ったこともある



また

プリズムに光をあてて遊ぶのも大好きだった

無限に広がる夢を感じることができた

また、その夢を手にできそうで

時間を忘れて遊んでいたことも思い出す


今はめったに虹に出逢えない

しかも「都会のど真ん中の虹」は奇跡に近い

道行く人も立ち止まってその奇跡を携帯に収めていた

もの静かな顔の女性が思わず

「あ、虹」と歓声をあげる場面も。



便利な世の中になり、どんなにすごいことを目の当たりにしても

それほど感動しなくなった現代人

こころが硬直していて感動に疎くなる



お天道様の気まぐれいたずらで

たわいもない自然現象が起こり

こころ踊らされる瞬間が訪れる

感動の世界へと誘う

これこそ「34丁目ならぬ、3丁目の奇跡」なのだ。



急遽決まった映画鑑賞

突如姿を現した虹の出現

銀座で起きた小さな奇跡を胸にしまい

幸せ気分で一週間をしめることができた



虹の写真を送ってくれたSちゃんのメールには

都会の奇跡を二人で感じたことで、わたしとは

「運命を感じる」とある


感謝の一言につきる

虹色で結ばれたご縁でありますように…








09.5.8(金)



今日はむすめの遠足日

金曜日の朝は少し余裕があるので、

ちょっと凝ったお弁当を作ろうと意を決した



kaerenmamaのキャラ弁のブログをみていると

無謀にもそのキャラ弁がつくりたくなるのだ

それでむすめに

「明日のお弁当はキャラ弁にしようと思っているんだけど」

「この年で?」



トホホ

無理もない。

だけど、どうしてもキャラ弁のキイロトリが作りたくなったわたしは

むすめにkaerenmamaのブログをみせた。

「超、かわいいラブラブ

「でしょう?グッド!

まるで自分が作ったかのように自慢げにいう。

「つくって音譜

「了解ニコニコ

これで今日のキャラ弁作りは成立した。


みなさんも本物をご覧下さいませ

http://ameblo.jp/kaerenmama/entry-10218371043.html



お母さん心をくすぐるこのかわいいキャラ弁

柄ではないと分かっていながらも

今朝は早起きでやる気満々でキイロトリのキャラ弁に挑んだ



だが、お弁当作りがはじまってすぐ

わたしは自分の行動と言動を猛烈に後悔し始めた

「やるんじゃなかったしょぼん

気の遠くなる細かい作業、わたしには向いていない

自責の念に駆られながらも何とか完成させた



たぶん二度とつくらないだろうな(ため息)

細かい作業は道具があれば簡単にできるらしいが

今更道具を揃えるのも…

kaerenmama

会ったことはないけど、あなたは本当にエライ!

できることなら功労賞を差し上げたいくらい



1時間以上かけて完成させた力作(笑)です



milkywayのブログ



起きてきたむすめに見せると

「かわいいー」

「だけど、キイロトリじゃないね」



そうですか…

キイロトリを見たことのないわたしがプロを真似してつくったから

無理もない


華やかさはないが、頑張った痕跡はある

と認めてほしい(涙)



適材適所

人間の才能は上手に使い分けるべきだと

改めて感じた

遠足日の朝でした