Complexed Feeling


あの名家に養子になる前の実家も、相当由緒あるところだ、という日本大使館に新たに赴任した事務次官の噂は、リージェント ホテルの営業マンから 聞いたことがある。その本人から、急に電話があった。
『食事をしませんか?』とのことだった。なんで私のことを誰から聞いたのかは わからないが マリーナ マンダリンホテルの リストランテ ボローニャで 食事をした。ボローニャなら、アンティパストの素晴らしさだけで 満足できるし、理不尽な会社にちょっと 不満があるように苦い顔で、笑顔を作るマネージャーのアンディの、手馴れた接待ぶりも 好きだった。
電話で 苗字を聞いたとき、日本人なら誰でも知っているはずの、その珍しい名家の姓を、私が 『どういう漢字を書きますか?』と聞いてしまったとき、『坊さんの坊です。』と丁寧に言ってくれたとき、その途中で 相手が何者か気がついた私は、恥ずかしさとともに、『この人には背伸びしないで会えそうだな』、と感じた。
ランチを終えて、数日後、夜に車で迎えに来た。私は大学卒業して次の日から この赤道直下の人種の坩堝にいる。
だから、、、、そう、、だから、、、、??、日本の常識がない。
この人のことを はっとするような ハンサムな人、としか認識していなかった。車でイーストコースとパークの方をドライブした。私が言ったルートではない。女の扱いに関して、初心者が必ず連れてくるこのルート。飛行機が見られて、ひと気がなくて、暗くて、そんな典型的なスポットに、急に連れてこられても、自分で納得するところがあった。
渋谷109のLip Serviceで見つけた、パープルにラメ入りの胸元のV字が食い込んだエナメルTOPに、黒いエナメルミニスカートをはいていれば、『勘違いしないで』と彼に怒ったとしたら それは逆に滑稽な気もする。ただ 私はいつもセクシーでいたかったんだ。ただ それだけ。それ以上の感情も何も無く、いつもセクシーで 男の人にAdmireされる存在でいたかった。それをチープとみなす同性がいようと まったく関係ない。肝心な男性にさえ、そう見えていれば、それでよかった。その論理的な理性的な感情よりも、男性が私を妖しく思う欲情の方が数十倍強いはずで、私は、自分がその とてつもない強い欲情を、ハンサムな男から引き出せるなら、多少の誤解なんて、まったく 恐れなかった。
その人は、どんどんどんどんと草むらの中を歩いた。大概の場合、こういう場面で、あせったり、おどおどしたり、そうではないとしても、暗いのでしっかりと下を向いて地面を見ながら歩く。でも彼の姿勢が、こんなに真っ暗で 足元が見えない中で あまりにもまっすぐで、しっかりと前だけを見て、ずんずんと突き進むのを見て、『本当にコンプレックスがない人』なんだと、妙に確信した。あまりにも 自信に満ちているというか、何事にも不安を感じない、挫折したことが無い、すくすくと育った優秀な人。優秀な雄、だった。
26歳だった私は、しかし直感的に、強くまさに『その時』そう 思ったのだ。後付ではない。

エリートは弱くない。本当のエリートは、異常に強いんだ。

私は本人に言った。
『本当にコンプレックスとか 無いんですね。』
『なんだか なにも 恐れずにまっすぐ前に進んでいるから。普通と違います。』
『えええ、そうですか?』 なんにも 裏表無く 屈託なく 驚いて 笑っていた。
私の口の中でのときも、『口では初めて。』と その時もくったくなく 話していた。