今日は母の命日。このお弁当箱はなんと1970年代初頭に私が使っていたものです。その頃の母は30代半ば、このお弁当箱をどんな気持ちで選んだのかなと想像したり、中味は何だったかなと思ったり…
亡くなって早いものでもう15年経ちます。その日、様態が良くない母の所に行った後、私は珍しく国内線で夜の成田から関空へ。関空近くのホテルにチェックインし、部屋に荷物を置いた時に父からの留守電に気づきました。母が危ないと…。父は携帯を持っていませんでしたので、すぐに病院に電話をかけ、状況を把握、会社に連絡し、急いで空港に戻り最終便の東京行きに…本当にぎりぎり間に合いました。羽田に着くと大雨、車をとばして実家に戻ると既にそこに母はいました…さっき会ったのにまさかこんなことになるなんて…
でも、国内線は数ヶ月に一度なので、日本にいてすぐに駆けつけることが出来たのは良かったですし、羽田行きの飛行機に間に合ったのも奇跡的でした。
さて、お弁当。今は母と同じ兎年産まれの娘が使ってくれてます。中味はたいしたことないですが…😅
色々あったけど、幸せです✨