「かなめちゃんはさ、自分の知識が推し活の邪魔になることってない?」

「え、万里子さんってば一体何があってそんな問いに?」


モーニング限定だけど、この辺ではめずらしくスフレオムレットが食べられると聞いてやってきたカフェ。

万里子さんと会うのは彼女が夜勤明けの時がおいけど、そういう時は大抵思考がちょっと飛びがちだったりする。

それはそう。

夜勤明けでモーニングなんて睡眠不足ここに極まれりだもの。

夜勤明けの脳は信用ならない、アルコール飲んでほろ酔い状態の人間程度には信用ならない。

そんな万里子さんが唐突に投げかけてきた質問に、私は質問で返す。


「もうね、この前ね、うちの推しが特撮系のドラマ出てたんだけどね、もうだめ、清潔不潔にまつわる概念が横から邪魔してダメ!」

「ほうほう?」

「昨今の医療ドラマはさ、医療監修つくじゃない? だから絶対誤解させちゃいけないラインは守られてると思うのよ。だけどさ、それ以外! それ以外が問題なのよ」

「それ以外?」

「いや、ホントしんじらんないわよ、もう気になって気になってダメ」


めずらしくご立腹の万里子さん。


「特撮あるあるの改造手術的なのね、いっそすごいわけわかんない機械に囲まれて謎の演出とか魔法的な技術でやるならそれとして飲めるけど、どうして半端にオペ室再現するの? どうして、心臓のオペの体で機材とか使うの? それなのに、ねえ、どうして部外者が土足で踏み込んできたり、執刀医、じゃないけどオペ担当者を殴り飛ばしたり、なのにそいつが床についた手でオペを継続するの?」

「あー」


決して声を荒げるわけじゃないけど、万里子さんは淡々とご不満な点を挙げていく。

だいぶフラストレーションが溜まってるらしい。


「いっそファンタジーテイストでやってくれればいいものを、ほんともう、すごい推しカッコよくて、推しの貴重なメイン回なのに、感染とか手技とか、なんかもうほんともう、いろんなこと気になって、もう」


嘆く万里子さんはそこで一旦言葉を切る。

店員さんがモーニングプレートを2つ持って背後からやってきたからだ。

気配察知能力は夜勤明けでも健在なのはさすが。


「お待たせしました」


どうしても焼き上がりに時間のかかるけど、30分近く待ってやってきたスフレオムレットは完璧な半月だった。

ぱらりと振りかけられたハーブソルトがそそる。

他にもベーコンにグリーンサラダ、フルーツヨーグルト、小さなお惣菜もついていて盛りだくさんだ。


「よし、かなめちゃん、とりあえず食べよ!」

「了解」


美味しいものは美味しいうちに。

表面の焼き色は香ばしく、ナイフを通せば、スフレ状のところと半熟のところがあって、口溶けが儚い。


「ふわとろ、ふわじゅわ! さいこうだわ!」

「ハーブと岩塩がいいアクセントだねぇ」

「かなめちゃん、これ、はちみつ」

「蜂蜜とソルトで甘いとしょっぱいのコントラストすごいねぇ」


語彙力低下気味の万里子さんと一緒に、しばしスフレオムレットを堪能する。

カリカリベーコンと卵を組み合わせるもよし、葉野菜でさっぱりするもよし。

フルーツヨーグルトも濃厚で美味しいときたら、期待以上の成果をあげられたことになる。

初めてきたお店があたりだと、ほんと嬉しい。


そして、かの話題はおもむろに再開された。


「なんかね、ドラマだから、特撮だから、ファンタジーだから、で飲み込まなきゃって頭ではわかってるんだけど、なんだろうね、気になっちゃうのよ。推しのかっこよさと演技力の高さだけに集中したい……」

「んー、わかるかも。私はあれかな、ミステリー系のドラマで気になっちゃう。小説なら大丈夫なのに、ドラマで視覚化された途端、血飛沫見た瞬間に、"あ、血液感染"って思っちゃう」

「わかる」

「素手で血を触らないでほしい、危ないもん」

「わかる。"なんでそこに素手をつっこめるの?"ってなるわね」


看護師は感染症とその対策について、かなりみっちり講義も受けるし研修も受ける。

だから、多分、清潔と不潔の判定基準がだいぶ厳しいとは思う。


「うちが今いるとこは外科じゃないけどさ。どの科だって、一度患者さんのところに持って行ったものはリネン庫にしまわないとかめっちゃ言われたじゃない? 使ってなくても、外に出したらさ」

「大きめの病院だと、やっぱり、それなりに。周囲に触れたらもう不潔、素手はバイキンだらけ、医療者の手が病原菌の媒介にならないように常に手指衛生を、とか新人時代から言われてるし、うん」

「日常でも気になることいっぱいじゃない?」

「たしかに」

「なんでフタの内側触るの、そこは清潔区域よ、素手で触れたら不潔になっちゃうのよ、とか」

「キッチンに洗濯するものをかかえて入らないで、とか?」

「そう、それ。細かいってわかってるしさ、かなめちゃんじゃないけど、小説とか文字情報だとそこまで気にならないのに、なんでかな、実写ドラマだと色々気になっちゃう不思議」

「現実との距離感? リアリティラインってやつ、かな?」

「それだ」


そこからひとしきり『リアリティ』についても盛り上がり、コーヒーを飲み終えて。


「ま、職業病だからしかたないか。推しが尊いことには変わりないし」

「万里子さんの推し、たしかファンクラブ限定配信のラジオしてるんだっけ。そのうちそのネタで投稿するのもありでは?」

「まさかの提案……知るがゆえの苦悩を推しに伝えるのは禁断の領域では?」

「採用されればネタになるし、良いのでは?」

「なるほど?」



後日。

万里子さんから、推しのラジオで投稿が採用されたと衝撃と歓喜と混乱の悲鳴が届いたのはまた別のお話。