ある場所へと集められた人々

次々と殺されていく人々

残されたが故に容疑者たりえる人々


名探偵の不在により、冤罪と迷宮入りの事件が延々と増えていく。



ボクは世間を賑わす事件ばかりが載るタブロイド紙を手に、ソファで優雅にアフタヌーンティーを嗜む先生へ振り返った。


「ーーということらしいんですけど、先生的にはいかがです?」


先生は繊細な野薔薇のレリーフが縁取るティーカップでディンブラのミルクティーをひと口。

お気に入りの味わいを楽しみ、ついで視線をティースタンドに向けながら応える。


「いかがもなにも、これは認識の違いというやつじゃないか」

「認識……ですか」

「たとえば、桜を知らない人間、あるいは葬儀というものを知らない人間、見たことのないものを見た時の解釈は本人の知識量によると私は君に言っただろう?」

「はい」


その現象を知らぬものに正しい解釈はできない。

多くの知識があれば、それらと照らし合わせることはできる。

不正解を大量にはきだしながらだとしても、少なくとも正解の道を探ろうとあがくことはできる。

無数の選択肢を潰していくための試行錯誤は

仮説を立てられるだけの知識と思考が必須ではあっても、だ。


「ですが、一度たりとも触れたことのない現象を人は正しく認知できない、ですよね?」

「ああ。知らぬ者は知らぬ物を、認識の外に、理解の外に、置く。外に置いて目を逸らせば、永遠に真実へは辿り着けない」


ありとあらゆる場面で、観測者の能力が試される。

そして、観測者の能力を超えた事象のほぼ全てが「謎」として、あるいは、「神秘」として、もしくは「妄想」として、真相とはほど遠い、変わり果てたものとして伝わることになるのだと、先生は教えてくれた。


「差し当たって君は、歴代で最も長く私のそばで私とともに事件と遭遇してきた。その経験から導けるものがあると私は期待してるのだがね?」


クランベリーのスコーンにクロテッドクリームとジャムをたっぷりと乗せながら意味ありげに微笑む先生の瞳には、明らかな愉悦とわずかばかりの期待がにじむ。

甘美な光をたたえて、先生がボクを見つめている。


「さて、改めて言おう。探偵はいないと君はいうが、ならば探偵の不在証明をしたまえ」

「探偵の不在証明」

「在ることの証明は容易いが、ないことの証明は不可能に近しいぞ」


この世界にはバグが存在する。

その最たるものが、『探偵の二律背反』と呼ばれる呪われた存在だ。


『事件は探偵と共にある』


事件は起きた。

あつらえたかのような舞台装置で、丁寧にこしらえた脚本と演出の如く、華美にして陰惨な映える事件が次々と。

観測するものがいなければ、それは表に出てこれない。

ではあの事件は、あれらの事件には、「探偵」がいるのか、いたのか、それとも?


「反転、しましたか?」


この世界には、『探偵になれる殺人鬼』と、『殺人鬼になれる探偵』が存在する。

そしてその反転は劇的に、けれど密やかに行われるのだと聞いている。

問いの答えとはなり得ないかもしれないけれど、でも可能性の検討と思考の方向性を確認すべくそれを提示したボクへ、先生は慈愛だと勘違いしそうなほど柔らかな笑みを返してくれた。

美しく神々しく慈しみに満ちた眼差しに胸がキュッとする。


先生は、僕を地獄から引き上げ、ボクに地獄を観測する術を教えてくれた存在。

ボクのすべてを捧げると決めた存在。


そして。


誰よりも罪とは何であるかを知る、稀代のシリアルキラーにして、唯一『怪人』の称号を得た存在ーー