■ミステリ作家拝島礼一に捧げる模倣殺人
■作:野宮有
世間を賑わせる連続殺人事件ーー陰惨かつ凄惨なその事件は、ミステリ小説に準え、模倣している。
かつて拝島礼壹の作品に救われ、文芸部を目指しながらも週刊誌は配属された綾乃は、ある取材をきっかけに事件を追うことになる。
【命題】自身の創作物によって事件が起きた時、その作者はどこまで責を負うのか?
その答えのひとつがここに示された、と感じられた作品。
読み始めたら止まりませんでした。
凶悪な事件が起きた時、過剰なまでのバッシングが起き、それはネットの拡散力と匿名性をもってより過熱する。
凄惨で残酷な物語を綴ることは、そのままそのような犯罪を肯定していることになるのか?
ミステリもホラーも好きな自分としては、この話題が上るたびに思うところがあるわけです。
なので、今作でスポットライトが当てられ、模倣犯に殺人事件を捧げられた作者の「責任の取り方」にハッとしました。
これぞ創造者。
これぞ、ミステリ作家、です。
散りばめられたヒント
積み上げられた違和感
そして、張り巡らされた伏線
仕掛けられた罠とは果たしてなんなのか?
綺麗に回収されていく物語に触れて、かつ、人の人生を左右してしまうほどの物語を生み出せる創作者に、羨望とともに様々な感情があふれるところも含めて貴重な読書体験です。
ゴシップ記事を書くことへの罪悪感に苦しむライター綾乃の同居人(絶対的な安全地帯)に、イラストレーターの友人を配していることにも唸ります。
クリエイターとしてのスタンスを語るものが別にいるという巧みさ。
キャラクターの配役も絶妙なのです。
それぞれの立場、想い、思考、価値観、それが見え隠れするたびに味わうものがあります。
読書好きが、好きな作家をどう語るのかを見るのも楽しい。
読書は、体験。
その体験にどんな意味づけをして、経験に変えるのかは、読んだ本人に委ねられてます。
本になった瞬間、作品は作者の手を離れてしまうから、読者の受け取り方をコントロールなんてできないわけです。
それは読み手に与えられた自由であり、責任でもある。
作品に対して読み手が好き勝手していいって話ではないんですが、ただ、敬意をもって、敬愛する作家がこれからも作品を作り続けられる世界(環境)を大切にしたいという気持ちでありたいとも思いつつ。
ミステリとしても、それを愛するものの在り方
