私の目の前に、それは立っていた。
装束をまとい、その手には抜き身の刀を携えて、漆黒の夜に浮かび上がるのは真っ赤に燃えさかる焔の髪に般若の面だ。
私は己に迫る生命の危機すら忘れ、彼に魅入られていた。
神域の森、神隠しの杜、神の理不尽がまかり通るこの場所へ、人の手により放り込まれたのは私が隙を見せたからだ。
でも、ここに鬼が来た。
焔の鬼が、贄を求める神の社を燃やしに来た。
何が起きたのかはわからない。
ただ何かが起きて、私はおそらく命拾いをして、そうしてこの視界を塞ぐ呪が解けてみれば、燃えさかる般若の姿に人間の姿が二重写しで浮かび上がった。
「あ、あぁ、なんだ、お前は人間か」
思わずこぼれた呟きにも、鬼は何も言わない。返さない。
ただ般若の面を通して私を見つめ、刀を手に佇むだけだ。
かつてここには、神も、魔も、すべてを敵に回して戦った鬼がいた。
自らを燃やし尽くして果てるその瞬間まで、己の呪いと戦い続けた人間がいた。
その魂を引き継ぐものがいたのだ。
その人物が、よもや私の前に現れるとは。
「まるで因縁だな」
今度ははっきり彼に向けて告げてみるけれど、夜明け前の最も暗い時間の中で、焔の鬼はいまだ私を無言で見つめ続ける。