■人間標本

■作:湊かなえ


6人の少年たちの損壊された遺体が発見されたのとほぼ同時に、ネットでは大学で蝶の研究をしている榊史朗の手記が注目を集める。

そこに綴られていたのは、美しい瞬間を永遠にすべく、蝶に見立て、人を標本とした狂気の独白だったーー



本屋で表紙とタイトルに目をうばわれ、あらすじに触れ、惹かれるようにして手に取った作品。

イヤミスの女王という称号を持つ湊かなえ作品に触れるのはこれが初めてです。


まず驚くのは、その美しい文体。

文字情報でありながら、引き込まれるようなリズム感とあふれる色彩、そして高純度で透明感のある闇の手触りを感じさせるところ。

とくに人間標本は、アートが中心に据えられ、父と子、母と子の関係性を煮詰め絡めて、「芸術家」という存在を描きだしてると思えるのです。


ひとりの人間の思考過程を辿る旅。

あるいは、ひとりの芸術家が己の扉を開くに至った経緯。

禁断に触れる悍ましく美しく恐ろしい、悪魔のような運命の悪戯の果てにあるもの。


グラグラと視界が揺れて、二転三転していく物語に溺れながら、読了後にもなお酩酊感が残ることに驚きました。

これは魅せられます。


うつくしい。

でもこわい。

幻想性を固めつつも、リアルな手触りで突きつけ、切ないという言葉では足りない、胸を深く静かに抉ってくる様が眩暈を覚えます。


蝶の研究者が6人の少年を標本にする。

だから、物語の中心には蝶がいる。

標本となるその羽の美しさとは別の、物語を貫く価値観やアイデンティティの上に君臨する存在とした蝶がいる。


正直を言うと、虫が苦手なので数行ほど目を滑らせてしまったところもあるんですが、そんな自分でも読み進めずにはいられない力がありました。

視点を変えながら、蝶の生態や標本製作の手順が語られることで、世界への深度が進むから。

学術と芸術の双方から蝶を知ることは、この世界観には欠かせないものばかりだから。

不可欠な要素から目を逸らしてしまうということは、この作品の面白さからも遠退くのがあまりにも惜しいわけです。


構成がまた秀逸で、的確に心を抉ってくるので覚悟が必要だとも思いました。

自分が今見ているものを信じていいのか、「みんなが見ているもの」「自分に見えているもの」に別の意味はないのか、正しいとはなんなのか、正解とか何か。

罪も罰も贖罪も後悔も愛も信頼も、何もかもが蝶の中に呑まれていくような。


作中で語られた標本をこの目で実際に見てみたい、という誘惑も強くあります。

自分の想像しうる枠の中では到底辿り着けないものを、映像として叩きつけられたい。

文章だけでない、実体が持つインパクトを受けて初めて完成するような気もしてしまうので。

映像作品が存在する以上、ある意味で叶う願いでもあるのですが、やはり虫が苦手なので二の足を踏んでいるのでした。

標本作品は見たいけど、絶対その過程で蝶の大写しを見ることになると思うので、怖い。


苦手だけど惹かれる、触れたい、そんな魅力に満ちた作品。

すごい世界に沈み込み、読む手が止まらず、読み終えてからもそこから抜け出せない。

実に貴重な読書体験となりました。