■十角館の殺人
■作:綾辻行人
大学のミステリ研究会メンバー7名は、夏休みを利用して、孤島に佇むある曰くつきの館――半年前に四重殺人の起きた中村青司の別荘・十角館を訪れていた。
本土では、研究会メンバーの元へ告発めいた手紙が届けられていることも知らずに。
そうして自然の摂理であるかの如く、閉ざされた島で復讐劇の幕は上がった。
『十角館の殺人』の発表は1987年。
新装改訂版の発行が2007年。
綾辻行人氏のデビュー作であり、名作『そして誰もいなくなった』へ捧げるオマージュとして興味深い試みがなされた作品。
そして同時に、『新本格』という言葉とジャンルを生み出した記念碑的価値を持つ作品でもあります。
40年近い時を経てなお本格ミステリにおける不動の地位を欲しいままにしている本作は、ドラマ化もされていますがまずはネタバレされる前に読んでほしい!(切実)
とにかく舞台装置そのものがうなります。
登場人物たちは、『島』と『本土』に分かれ、それぞれの時間軸でそれぞれの時間を過ごす、二視点の構造で生きてます。
そうして描きだされる物語は、謎を入り組ませ、明かされるべきものと提示されていくものとの関係を美しい形で絡み合わせてくれるわけです。
言葉を巧みに操り、舞台を作り上げていく。
完全犯罪を企むのなら、ヒトはこれほどに繊細で緻密で、それでいて大胆でなければならないのだろう。
そんな感想が、簡単のため息とともにこぼれます。
本作においては、内面描写や人物描写よりも、『本格推理小説』とよばれる舞台装置とロジックとの遊び方を楽しむべきなのかもしれません。
歴代の探偵小説家たちのニックネームで呼びあうという彼らは、ミステリー研究会のメンバーであるという以外は匿名性を与えている。
この悲劇には脚本があり、誰かの手によって舞台として進行しているような非現実感を覚えたりもします。
だからこそ、匿名性の強い大学サークルのメンバーとは別に「外」の要素として島田がいることで、物語はあるべき場所に着地する。
探偵・島田潔のデビュー戦において、なんなら地に足のついた人間はもしかすると彼だけかもしれない、と思わせてきます。
用意されたラストシーンには、どこか、皮肉な運命論が働いているようにも見えました。
そこもまた、「新本格」と銘打たれた様式美とともに心惹かれる要素なのかもしれない。
そしてそれは、時を経てなお色褪せない魅力を持っているということでもあり。
『小説だからできることをしている』
かつて友人にそう勧められ、手に取った十角館の殺人。
この作品との出会いがなければ、おそらくはいまこうして本格ミステリと呼ばれる分野に足を踏み入れてはいなかったと思うと本当に感慨深いです。
あらためて、すでにこの作品が生まれてから40年近い月日が流れています。
誰もがスマホを持ち、どこであろうと繋がれるネット社会の現代にはない味わいとともに、ある種の国内作品における古典としての位置づけを持つ一作です。
始まりの一作をぜひ。
