いつのまにかできてた傷って気づいたとたんに痛くなる不思議


ある時ふと気づくと、手首に、ぐるりと一周する赤い線状のあざができていた。

引っ掻き傷のようにも、みみず腫れのようにも見える。

いつのまに?

よくよく見たら、肩や首のあたりにも同じようなものがある。

少しすると、両膝にも新しい傷ができていた。

痛くも痒くもないが、そもそもこんなもんがいつどうやってできたのかわからなさすぎる。

見当もつかない。


不思議すぎて、学校帰りに何気なく親友にソレを見せたら、そいつの顔色が一瞬で青ざめた。


「お前、いつからそれ出てるんだ?」

「え、どうした?」 

「早く消さねぇと」

「なにを?」

「兄貴に声かけるから、いまから俺のうちに来い」

「いや、でも部活」

「美術部より自分だろ」


マジで焦った顔で怒られた。

結局、何が何だかわからないまま、引きずられるようにそいつの家まで行く羽目になる。


でっかくて古くて圧がハンパない親友の実家は寺だ。

親友の兄貴が門の内側で俺たちを出迎えてくれる。

作務衣と数珠がやたらと似合う、笑顔がデフォルトな優しくてかっこいい兄さんだ。

昔からよく遊んでもらった。

でも、今日はその笑顔が妙に怖い。


「どっこでメェつけられたんかなぁ? あれか、古いオヤシロ覗いたりしんかった? 刃物祀っとるような」

「え……いえ、あ……」


言われて思い出す。

親の遣いで山菜取りに行った時、なんか、錆びたハサミを見つけて、危ないなと思いながら近くの岩の上に置いたような。


「あー、なるほど。でもなぁ、オレのかわいい弟分に手出ししやがるなんてなぁ」

「兄貴」

「なぁにしてくれてんだろうなぁ」

数珠を巻いた左手が俺の頭に置かれた。


「去ね」

「!?」


バチンッと、やたらでかい破裂音が響いた。

俺に衝撃はない。

でも何か訳の分からんもんが弾け飛んだのは確かだ。

「もう大丈夫だ。びっくりさせてすまんなぁ」

「いえ、あ、えと」

「おい、アザ消えてるか?」

親友に言われ、慌てて自分の手首を確かめる。

「あ、え? あ……消えて、る」

「よかった」

「おう、したらもう平気だ。ほうら、せっかくきたんだし、寄ってけよぉ。檀家さんからスイカもらったんだわぁ。塩振って食おうや」

いつもの朗らかさ笑顔で、兄さんが僕の手を引いて母屋に歩き出す。

「あの、えと、今のは?」

「きりとりせん、だなぁ」

「へ」

よくわらんなくて肩越しに親友を振り返ったら、こいつはさっきよりは少しマシな顔色で、口をへの字に曲げて答える。


「言葉のまんまだよ。キリトリ線だ。お前、悪いもんに目ぇつけられてたんだよ」

「え」

「あのまんまいったら、おまえ、あと数日で全身バラバラに切り裂かれてたぞ」

「……、……なんだ、それ」

色んなものを置いてけぼりにされながら、もう一度口にだす。

「なんだ、それ」

今更になってものすごく、とてつもなく怖くなって、ガタガタと全身に震えがきた。

涙目になる俺に、兄さんと、ついでに親友までが俺の手をぎゅっと手を握って、それぞれ太陽と月みたいに笑った。


「オレの可愛いもう一人の弟だからなぁ、こっから先もちゃあんと守ってやるかんなぁ」

「おれも修行頑張るからな」

「…………う、うん?」


これまで気づかなかったものに唐突に気づくはめになったこの夏の日から、俺の日常は、日常のふりをした非日常へと変わり果ててしまった。



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