◆オーダーメイド物語
【あなたのイメージで綴るこの世ならざる世界の物語】


▶︎ご依頼主:きなころう様
癒しと安心感をキーワードに、夕日をモチーフとしてお届けした今作は、絵描きと魔剣遣い2人旅の4作目としてご依頼いただきました。
旅の始まりは冬。
巡る季節の中で積み重ねてきた2人の時間を、祝祭を通して綴らせていただきました。

 

▶物語

  …*…祝祭、あるいは緋色に燃えゆく花々をともに…*…

 

白亜の教会を崖の上に臨むこの街を、彼と肩を並べて歩く。
ここへ訪れてからまもなくひと月。

星々の神の寵愛を一身に受ける魔剣遣いたる彼との旅も、すでに季節を二巡し終えた。
彼と旅をしていると、かつては書物でしか知り得なかった世界を、ある得ないほどの高密度で直接触れることができた。


街から村へ、村から町へ、森へ、海へ、王都へ、最果てへ。
その土地の信仰に触れ、人に逢い、神に挨拶し、彼は依頼を受けては邪を祓い、荒事を鎮め、また旅立つ。
それはまるで巡礼のようでもあり――

「あ」

肩を並べて歩くうちにふと流れてきた、ひどく懐かしく、けれどたしかに初めて耳にする透明な旋律に、つい私は足を止めた。
音をたどって空を仰げば、澄んだターコイズブルーの空にキラキラと星のような光がいくつも瞬いていて。
その光たちがひときわ強く輝いたかと思えば花火のように大きく弾け、空に大輪を描き、そうして無数の花びらとなって街全体に降り注ぐ。
至る所から大きな歓声があがり、一気に人々が奏でる音楽が路上にあふれ出した。

「始まったね」
「そうか、華月祭か」

華月祭と呼ばれる7日間、空から祝福の光と祈りを帯びた花々が降り続ける。
その花々は消えることなく降り積もり、満月を迎える最後の晩に守護結界へと姿を変えるのだ。
この時期に、音楽や絵画などといった芸術祭を催すところも多い。
そしてこの街は、ことさらその領域の意識が高かった。
華月祭のために用意された花を縫い込んだ衣装をまとうのはどこも同じだが、この街では繊細な刺繍や精緻な花冠を何か月も前から用意し、その技巧を競う。
さらには、この祭りに合わせた音楽に演劇、絵画の公開から始まり、軒を連ねる画材屋に画廊、工房、素材調達を請け負うギルド、そして楽器や書物を扱う専門店までもが、一層活気づいて己の才を披露しあう。

目まぐるしいほどに、創作者たちの熱であふれ、それは華月祭の始まりを合図に輝きと賑わいを加速度的に増していく。

「では、君がこの街で描きあげた作品もあの教会に並ぶのだな」
「……まさか本当に、この街で自分の絵を展示してもらえるとは思わなかったけど」
「君はそこに挑んだのだろう? 俺は敬意を表するぞ」


屈託も衒いもなく真っ直ぐな、彼の笑顔が眩しくて、思わず見惚れ、そして視線を伏せた。


「私はあなたを描きたかっただけだよ」
「なるほど、……これは照れるな」
 

ほんの少しだけ、彼の声にやわらかな火照りのような色が混ざる。

「では、行こうか。俺に君の作品を見せてくれ」
「……なにを見ても、びっくりしないでね」


約束はできないな、と笑う彼に手を引かれ、目的が、ただの街歩きから教会の展示鑑賞へ変わる。


あなたを描きたい。
その想いがこの二年の間、薄れるどころか、一層強くなっていることにあなたは気づいているだろうか。
拳の代わりに絵筆を握る私の腕には、武具の代わりに深紅のガーベラがバングルとなってはまっている。
炎月祭で星の河をわたり、彼から贈られたこのガーベラは見事な宝石化を果たし、護りの力を持ったアクセサリーとして私と共にあるのだ。
文字や絵でしかしらない世界が、現実として目の前に現れる。


けれど、その景色を彼の隣で見ることができるという奇跡を、私は未だきちんと昇華しきれずにいた。

剣を振るい、剣を収める彼の背中は、自由で、力強くて、そして美しかった。
ほとばしる魔力の凛とした静謐さも、一等星よりもなお輝く青の煌めきも、すべてが。
もっと描きたい、もっと上手くなりたい、もっともっと彼の存在を、彼の魂のありようを、彼として描きたい。
独学でたどり着ける場所の限界をどう打ち破ればいいのか。

――きみは武の道に師を置いていたのだろう? ならば迷うことはない

その言葉に背を押された。
今回の滞在が比較的長いことも、私の行動の後押しとなった。

「そういえば、絵画の師はなんと?」
「絵描きに必要なものは信念であり、執念だって。技術は手段であって目的にはするなと」
「ほう」


師と呼ぶことを許してくれたその人は、私の話を聞きたがり、そして、聴き終えた後におだやかな笑みを浮かべて言った。
 

『技術はあるに越したことはないさ。でも、所詮はあくまでも手段。それだけじゃあ、絵描き足り得ない』
『結局は執念がものをいう。絵筆を握った者の執念……言い換えれば、信念、情熱。自らの手でこれを作り上げるのだという確固たる意志、こだわり』
『そうして生涯を終えるその瞬間までに、これだと言えるものを作り上げれば、それでいい』

その瞳の奥に狂信的な光をきらめかせながら、優しく透明な声で告げたのだ。
愛も妄執も憎悪も嫉妬も、突き詰めれば芸術へと昇華される、と。


「"あなたは鍛錬の意味をよく知っているようだし、踏み外す心配もしていない"と、そうも言われたんだよね」
「ほう? ……つまり、邪法で力を得るような堕ち方はしないということだな」
「よくわかるね。私はちょっと考えちゃったよ、師匠の言葉の意味」

顔馴染みとなった街の人たちとも道々で言葉はかわしながらも、彼は私の手を放さずにいてくれる。
絵描きの手だからと、大切に扱い、護ってくれている。
この優しさに触れる時、私の心は言葉にできない歓喜に満ちて、できることならその想いすらも絵筆に乗せたいと願うのだ。

願い、祈り、積み上げて、より高みを目指し、足掻き、もがいて、さらに上へ。

これほどの熱が己の中にあるなんて、あなたに出会うまで私は知ろうともしなかった。
思わずこぼれそうになった涙を耐えるために顔をあげれば、教会がすぐ目の前に迫っていた。
降り注ぐ花たちのほのかな燐光が灯となって、幻想性が増す。
不思議だったのは、ここに私と彼以外の誰もいないということ。
音楽も聞こえる、声もする――なのに誰の姿も見えない状況なのに、彼はためらうことなく、私の手を引きながら重たい扉を押し開いた。

「え」

自分の見たものを、私は一瞬理解できなかった。


視界を埋め尽くすほどの夕陽の赤によって、たった今までそこに存在していたはずの壁と天井と床が融けて消え。
代わりに、残された正面の祭壇と神像、整然と並ぶ会衆席に、炎の色をたたえたラナンキュラスを咲かせていく。

「どう、して」


私の描いたものが実態となって目の前に広がっていた。
世界が二重写しとなっているかのような光景に、それ以上の言葉が出てこなかった。
でも、彼はそこへこともなげに言葉をくれる。

「神への道が開いたからだろう。この場所ならばなおのこと、だな」
「え、まさか」
「どうも君は自身を過小評価するきらいがあるな。なに、不思議がることもないだろう?」

これが2年間で積み上げてきたものだと、彼が微笑む。

「それに、この色は昨年共に過ごした華月祭で得たものだろう? つまり、君の眼を通して生まれた色が、その作品が、神の心をふるわせたということになる」

そうだ。去年、彼と迎えた華月祭は港町だった。
とろりと輪郭を溶かしながら水平線へと落ちていく太陽によってそれは燃え、降り注ぐ光の花びらたちも、緋色や茜や朱金、山吹、と、ひらめくたびに彩りを変えて。
それはまるで、太陽のかけらを内包して輝く火の粉のような花びらだった。

そしてあの時、私の中でひとつの変革が起きていた。

「……私、ずっとあなたに"青"を見ていたの」
「たしかに、美しい青をたくさん見せてくれたな」
「でもいまは、あなたに別の色が見えていて」

その美しさと儚さを残しておきたくて、瓶の中にあの日の"夕日"を閉じ込めた。
彼から星誕祭に贈られた繊細な硝子瓶の中で、捉えた夕日は明日の顔料となる。
私のカバンの中には、そうしてできた色が小さなインク壷にうつされ、ずらりと並ぶ。
彼と過ごした軌跡でもあり、私の心を震わせた景色たちの記憶。
これは誰にも出せない、誰にも真似できない、私だけの色だ。

華月祭のはじまり、白亜の教会で思いがけずもたらされたこの神様からの祝福を前に、私は改めて隣に立つ彼を見上げる。

「……あなたをもっと、私に描かせて」
「ああ、もちろん」

返ってきた笑顔は、魂の核にまっすぐ届くほどに鮮烈で眩しく美しい色彩だった。



copyright 物語ライターりん

・…*…*…*…・

◆きなころう様
オフラインで鍛錬をつまれ、試行錯誤を繰り返しながらやりたいことのためにまっすぐな方です。
そして、本当にありがたいことに、一作目の星誕祭の物語から、この世界を大切にしてくださり、『またあの世界へ』と望んでくださいます。
まさに、物書き冥利に尽きるお言葉。
絵を描く方のインスピレーションを刺激できる字書きでありたいと改めて思う嬉しい感想をいただきました。

 

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