■罪深き緑の夏

■著:服部まゆみ


幼い頃、母に連れられて行った画家たる"父"の家。

短い滞在の中で出会った、熱病に浮かされたかのような不可思議な少女との出会い。

そして時は流れ、少年は青年となり、そして華やかな兄の陰で画家となり、やがて不穏な事故とも事件ともつかないものに巻き込まれていくーー



服部まゆみ作品の、退廃的な美しさとじわりとにじむような色香に惑いつつ、その物語世界に浸ってしまうのです。

倒錯的で、闇と病みの気だるげな気配を漂わせながらも確かな美がそこにあるーー

耽美とは、まさにこのことなのでしょう。


絵描きとして華やかな脚光を浴びる美しい兄の存在に目眩を起こしつつ、自身の中の思い出の少女に幻影を見る主人公の揺らぎと、絵描きとしての情動がまず見事で。

創作をするものなら、一度ならず抱えただろう感情が本当に丁寧に綴られつつ、そこに怒涛の如く、火災や事故といった出来事が積み上げられていくのです。


果たして、事故か、事件か、真相はどこにあるのか?


一人称ゆえに、ともすれば現実感を見失いがちで、しかし、だからこそ美しい文体で構築される幻想性とにじみでてくる心理描写が醜さと尊さのコントラストの妙となる。

ここに惹かれてしまえば、あとはもう、世界に浸り込むのみです。


ミステリーとしての謎が用意され、それを解こうと思うとより深みにはまりこんでしまう危険さが漂う構成が、読む手を止めさせず、のめり込ませてきます。


登場人物たちの佇まいがまた、たまりません。

絵を生業に選んだ画家と、それを支える家族や業界関係者たちの複雑に絡み合う関係性が、実に丁寧に綴られていくのです。


ほんのちょっとした行動から垣間見える本音や、言動のその裏側を想像させる手腕たるや、ため息が漏れてしまいます。

特に、創作してる人間にはザックリと刺さる描写が多く……


とりつくろわれた態度のほんのわずかな綻びから見えるドロリとした闇にハッとさせられ、疑念と不安がふつりと浮かんでは、首を振って否定したくなるような描写もまた素晴らしいのです。


ミステリー小説でありながら、報われない恋の昇華ともとれる恋愛小説でもあり、才能という目に見えない何かにとらわれたものたちが織りなす幻想ともいえる世界に、引き込まれ、惑わされ、のめり込んでいく読書体験となったのでした。