天使に捧ぐ猛毒、あるいは天使が捧げる献身


 窓の向こう側は、白々しいほどに青々とした空が広がっている。


『いかないでそばにいてぼくをみてぼくだけをみてはなしかけてずっとずっとずぅっと』


 ぐるぐると混ざり合った願いの声は、聴こえる人には聴こえるし、聴こえない人にはまったく聴こえない。

 それでも特有の重さと澱みと呪詛めいた息苦しさは感じるものだ。

 病院はどうあっても、聖域にはなり得ない。

 でも、その声が、その空気が、すっと変わる。


「あ、チビちゃんだ」


 院内の廊下を、クマのぬいぐるみを振り回しながら、得意げな顔で歩く2歳児なチビちゃん。

 誰もがその姿にほっこりして、ふわふわした気持ちになれる。

 

「あのクマ、すっかりお気に入りだね」

「いやされるわー」


 白い廊下をよたよたとつとつ進む姿の愛らしさときたら。

 振り回したクマの反動で、まるいおしりと頭が左右に揺れちゃうのもたまらない。

 どれだけ照明を柔らかくして、どれだけ壁や周囲を明るくして、どれだけ優しい音楽をかけ、どれだけ空気を綺麗にしても、可愛いチビちゃんのあふれる笑顔とあふれる存在感には敵わない。


 淀んだ空気も浸潤する悪意も、一瞬で消滅するこの素晴らしさ。

 日々患者と闘い、疲労とマイナス感情に蝕まれたこちらの心も癒やされていく。


「さすが天使」

「マジ天使」


 浄化率ナンバーワンの座は揺らがないのだ。


「さ、私たちもがんばろ」

「いまなら邪神にも勝てそう」


 戦闘服たる白衣をひるがえし、私たちも商売道具たる医療系の呪具に、商売道具の笑顔を作る。

 昼も夜も関係なく、勤務時間の私たちは戦う天使になるのだ。


 わずか2歳でホンモノの天使と成ったチビちゃんとともに、笑顔で命をはってみせる。


 白亜の病院に収容された人々の、その身に蔓延る純黒の病魔を刈り取り狩り尽くし、すべてが正常化され清浄されるその日まで。




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