◆オーダーメイド物語
【あなたの想いをカタチにする物語】
▶︎ご依頼主:こまつたえこさま
『働くを楽しむパイオニア』として活動されているキャリアコンサルタントのたえこ様。
ご自身の想いや活動をベースに、ふたつの物語をご依頼いただきました。
キーワードであり、大切にされている想い、『いっそ働くことを楽しんでみませんか』『生まれ持った素質を活かす』をそえて。
ふたつめは、重視リアルな世界線に近い舞台装置とし、対話を核として綴らせていただきました。
▶︎物語
…*…ほとりとこぼれる想い…*…
溜息がこぼれて、足は重くて、迷いに迷い、悩みに悩み、それでも何とか辿りついた扉の前で、それを開ける勇気が出せずに立ちつくす。
すきガラスの向こう側には、私が会う約束を交わし、私の来訪を待っていてくれる人がいるというのに。
緊張で心臓がむやみに速くなるのを必死でおさえながら、軽くノックをして合図を送る。
「いらっしゃい。ようこそ」
ふわりと心に明かりが灯るような、柔らかく抱き止められるような、そんな声と笑顔でその人は私を迎えてくれる。
「さあ、どうぞ」
白を基調として、おしゃれ過ぎないシンプルなこの場所は、コンサルタントの控える相談室だとか事務所だとかいうよりも、どこか教会めいた不思議で清浄な空気に満ちていた。
ぐるりと胸の中にわだかまっていた不安が、やわらかくほどけていく。
「……あの、今日はよろしくお願いします」
私は今日、ここへ、仕事の悩みを打ち明けに来た。
辞めるべきか辞めずに続けるべきか、これから自分はどうすればいいのか、混乱した頭の中を整理するために。
「あなたがよりよい選択ができるように、お手伝いをさせてくださいね」
紡がれていく声にどこか頼もしさすら感じられて。
おだやかな空気の中、どこか手探りのように話し始めながら、次第に私は、親しい人にも言い出せずにいた自分の心の内を口にしていた。
「私……こんなことでいいのかなって、ずっと感じていまして……どうしてうまくいかないのか、とか……自分には向いていないのかなとか……」
はじめはあいまいでしかなかった想いが、やり取りを繰り返す中で、私の口から言葉という形に置き換えられて並べられていく。
どうしてそう思ったのか、いつからそう思っているのか、思い返してみて今はどうなのか。
問いを投げかけられるたびに自分を掘り下げていくと、胸の奥の方から引き上げられるのは、これまで知らなかった自分の感情であり、気づかなかった自分自身のことだった。
好きなこと、苦手なこと、やりたいこと、絶対やりたくないこと、経験してきたこと、それらを別の角度から見ることができるという事実に驚かされる。
自分はこんなことが得意なのか、こんな資質があるのか、こんなにもたくさんのことを感じ、考え、積み上げ、ソレを活かしたいと望んでいるのかと、認められることで素直に受け取れている自分にも驚く。
「……そんなふうに仕事ができたら幸せですよね……でも……」
視線が揺らいだ。
「あなたの人生は、あなたのもの。だからこそ、自分自身を一番に考えてあげてください」
「自分を一番に……ですか?」
「それは、無意識のうちにないがしろにしてきた“あなた自身の感情”に素直になるという意味にもなるのですけれど」
そこで一呼吸おき、真っ直ぐな瞳が私を捉える。
「どうでしょう? いっそ、働くことを楽しんでみませんか?」
「……働くことを、楽しむ……」
差し出された言葉を、口の中で繰り返す。
「生きることを楽しむ、仕事を心から楽しむ、そういうことに罪悪感や背徳感、あるいはもう少し軽いところでいえば、“気が引ける”という感覚を持つ方は多いのですが」
彼女は少し眩しそうに目を細めて笑いながら、伝えてくれる。
「実は、『楽しむ』って人を動かす大きなエネルギーになるんです。もちろん、楽しんで取り組めることには、成果も結果も付いてきやすい、というのもありますしね」
「……ああ……ああ、そう、ですよね……たしかに、そうなんですよね」
ひどく実感のこもった言葉を向けられて、いつだったか、学生時代の友人と久しぶりに会った時、生き生きと"今"を生きている彼女たちに眩しさを感じた自分を思いだす。
あの時、うらやましいと、どこかで妬ましいと、自分もそうなりたいと言えばいいのに、逆に距離を取ろうとしてしまったことを思いだす。
あのしびれるような胸の痛みの正体に、いま私は気づこうとしている。
我慢して我慢して我慢して、頑張れと言い聞かせて、まだまだ頑張れるからと言い聞かされて。
自分で思っている以上に、私の心も体もすり減っていたけれど、それが当たり前なのではないのだと、気づかされてしまった。
それは衝撃的で。
けれど、どこかでひどく魅力的で。
「まるで、魔法のような考え方ですね……先生が私に魔法をかけてくれるみたいな」
「“世界の見方を変える魔法”だと言えないこともないでしょうか。捉え方ひとつ、視点の置き方ひとつで、世界は大きく変わるものですから」
「たしかに、私の“世界を見る目”が変わりそうです」
手を差し伸べられた気がした。
足元のおぼつかない私に、怖がりの私に、一緒に行こうと寄り添ってくれているように感じられた。
寄りかかるのではなく、ゆだね頼り切るのでもなく、力を貸してもらっているような感覚。
気づいたら涙がこぼれていた。
「こんな自分に気づかせてくださって、ありがとうございました」
ほとほとと感情のままに落ちていく熱をはらんだ雫を見つめながら、心の奥から浮き上がってきた想いを、熱を、丁寧に言葉に変えていこうと決める。
私が私自身を楽しく活かしていける日々のはじまりを宣言してみせる。
自分が自分自身を理解しなければ、自分が何を大切にしたいのか、自分が何を選びたいのはわからないのだから、見失わない術を得よう。
新たな自分を、これまで見えていなかった自分を、忘れていた自分を、指折り数えてあげていきながら、私は私を活かすための行動を起こすと決めるのだ。
笑顔とともに差し伸べられた手をしっかりと握り返し、私は、確かに自分のための一歩を踏み出した。
了
Copyright RIN
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◆いっそのこと働くことを「楽しみ」ませんか 働くを楽しむパイオニア たえこ様
柔らかく明るく優しく、そして真摯にむきあい、気づきを与えてくれるキャリアコンサルタントさんでいらっしゃいます。
仕事やご自身の生き方に悩まれている方はぜひ。
★リザスト