ひとり暮らしなどで離れた家族の姿って、見えないんですよね。
「大丈夫?」と聞いて、「大丈夫だよ」と返ってくる。
その言葉をそのまま信じていいのかな、と不安になったりしませんか?
そんなとき、相手が本当に話したいことを話してもらえたら、と思うのです。
これは前回のブログ記事と連動するものなんですが。
人は本当に話したいことは後回しにしてしまう。
つい、会話の流れの中でタイミングを失って呑み込んでしまう。
つまり、相手が打ち明けてくれなければわからないことだらけです。
そんなとき、コミュニケーションをこまめにとって、単純に接触機会を増やすのは有効なんです。
そのなかで、
・小さなことでも困りごとや悩み、小さな引っかかりを話せる雰囲気を作っていく
・否定せずにいろんな話を聴く
・何を話しても大丈夫なんだ、という安心感を持ってもらう
これを繰り返すことで、話しやすい土壌が出来上がっていきます。
相手のしんどさは目に見えないから、見えないなりに感じ取れるように。
私には妹が2人いて、2人は共に津軽海峡の向こう側(道外)にいます。
私はそのどちらかに何かが起きた(起きようとしている)としても、すぐに察知できない距離にいます。
・相手がどんなところでどんなふうに過ごしてるか
・どんなことにどんな思いを感じているか
・どんなことをして、どんなトラブルに囲まれやすいか
心配性と言われるかもしれませんが、実際に危うかったこともあり、見えない不安や、後手に回るような感覚がどこかにあります。
一緒に暮らしていれば、生活リズムの変調や、顔色などから伺えるかもしれない。
情報を得られるチャンスもあるかもしれない。
でも、物理的に距離があると、この難易度がグッと上がる。
もちろん、一緒に暮らしていても気付きにくいことはあります。
隠そうと思えば隠せてしまうもの。
心配かけないように、と呑み込んでしまうタイプならなおさらです。
会いたい人に気軽に会いに行くのが難しい昨今だからこそ。
こまめなコミュニケーションを、一方通行ではないやりとりをしていくことが重要だと声を大にして言いたい。
これを疎かにしてやばかったことがあり、本当に身に染みてます。
大切な人の大切なサインを見逃さないために、話しやすい、打ち明けやすい、そんな関係を作り上げていけたらと思います。
そして、打ち明けやすい相手として自分が機能できるようもっとスキルアップしていこうと、改めて誓うのでした。
★前回の記事
