mémorandum
すぐに忘れてしまうから。この本を読み終えた?と自分に確認するために。「ははがうまれる」宮地尚子, 福音館書店ははがうまれる|福音館書店ははがうまれる。子どもたちに長く読み継がれる絵本・童話・科学書を作り続けている福音館書店の公式サイト。www.fukuinkan.co.jp良書だと思います。著者は、トラウマやジェンダー問題に長年取り組んでこられた精神科医で、ご自身も母親です。自身が子育て中に経験されたこと、感じられたこと、社会の目線などがエッセイ風に書かれています。一編一編がきれいにまとまっていて、読みやすい本です。子育て中のお母さんたちが読むと、心がほぐれていくような気持ちになったり、戸惑い、悩み、孤独など、様々な思いに寄り添うような言葉を見つけたり。書中で、別の考えを目にして、自分のことに置き換えて考えてみたり…母親にも、養育者にも、支援、ケアが必要で、時には手を差し延べられる事が必要なのだと。本来、読む人に取って、そういったケア的な要素もある本なのだと思います。私がこの本を読むのは、そのようなものが理由ではなく。ここからは個人的な気持ち、事柄を書いています。母ではなく「はは」、生まれるではなく「うまれる」。ひらがなを習い始めたばかりで、まだ漢字を読めない「こども」たちにも、この本のタイトルは読めると思う。ふと図書館で目に付き、そこから手に取り、読もうとするまでに長い時間を必要としました。著者の子育て中の思いや経験されたことを知るためでもなく、子育てというものについて思うことがあるわけでもなく、強いて言うなら、「痛み」を感じることで、私がこの世界に「うまれた」ことを思い出すために。手に取り読み始めた瞬間から、著者の言葉は、私の心の中に入る許可を得て、過去、現在、未来、個人的な時間にまで散らばり始める。これは、私とこの本、「ははがうまれる」との間に架けられた橋が、細く長く、頼りないものだから。別の読者には、また別の橋が架かっていて、その橋を渡り、この本に辿り着くと思います。あたたかな言葉に出会う人がいるかもしれない。一人ではない、そんなふうに思う人がいるかもしれない。そして、やはり私と同じような橋が架かる人もいるでしょう。私の母と私の関係は複雑で、決して良いものではありません。さらに、母方の祖母、父方の祖母とも、どちらもすでに亡くなっていますが、最後まで確執が残りました。世代を超えて引き継がれてきた母娘の関係は、それは血縁にある者達が、代々同じ土地に暮らし、顔を合わせ、小さな社会の中で生き続けてきた姿を、その影響を、脇に置くことのできないものでもありました。母と娘を取り巻く時代、社会背景、周囲の人達がどのような関わり方をしてきたか。そういったことを考える時もありますし、目を閉じて心から締め出す時もあります。この頃は心をなくして、締め出すことを選んでいます。心、その一部を上手に分離する。最後まで祖母達は。でも安らかに旅立ったのだから。自分を守るために、そう思いたい私がいます。それでも自分自身に力がなくて、「私」を守り切れませんでした。過去からの声や出来事が、度々私を損ねるけれど、自分を救えるのは自分、私に代わって誰も「私」を生きる事はできないから。分離された人格も、物理的には私の体を使って生きているわけだから、元の私が戻って来た時、傷付いた自分を受け入れられるほど、私自身を受容できていません。どこかに原因を求めても仕方なく、だからと言って、「命」と向き合い、生きることから完全に目を背けているのでもなく。このあたりの矛盾は、私の心の中でいつも深い葛藤と抑制を否応なく自覚させます。明日は受診。8月の高速道を運転していくので、今日は無理をせず、何も余計なことを考えず、心を落ち着かせて過ごしたい。事故だけは起こさないように。明日の私のために。