夫は交際していた時からある宗教を信仰していた。

義父がギャンブル依存症で借金を抱える機能不全家族の環境で育ったので、当時はその宗教がよりどころになっているのだろうと理解していた。

 

実際、それがなければ現在の社長の地位を得るほどに頑張ることはできなかったと思う。

夫にとっては生きるためになくてはならないものだったのだろう。

 

しかしながら、ワーカホリック、娘の病、家庭崩壊、それらに向き合わず、いったい何のための信仰なのだろうか?

宗教を信仰するのは幸せになるためではないのか?

 

夫は社会的な成功を得てある意味では幸福感があるだろうが、人間としての幸福感はどうなのだろう?

宗教活動はいっさいしていないものの、精神的に信仰し続けていることを不思議に感じてしまう。