夫は夫で、私が夢にも思わなかったような私に対する怒りが溢れるほどにあるかもしれない。

 

毎晩夜中に帰って来て、大いびきでソファーで眠りこけている姿や休日の疲れている様子を垣間見ると、社長という重責を担っているわけだし、家庭を顧みる余裕なんてないのだろう、となんとなくかわいそうにも思えてきて自責の念に駆られるのも正直なところだ。

 

34年間の夫婦生活、7年も交際して大好きで結婚したのに、いったい何が足りなかったのだろう、いつからこうなってしまったのだろう?

 

結婚してすぐに自然妊娠して子供を授かっていたら違っていたかもしれない。

私が不妊治療に必死になっていた時、夫はサラリーマンとしての階段を必死に昇っていた。

娘を授かるまでのそうした13年の月日が夫婦の心の距離を近づくことのない関係にしてしまった。

 

それでも世間一般では、娘が生まれたことで夫婦の関係が新たな家族の絆として再生するものなのだろうが、悲しいかな、夫の生まれ育った環境は家族という概念のない機能不全家族の家庭だった。

夫は私がどんなに訴えても、自らの育った家庭環境に照らし合わせ、現状の家族関係になんら疑問を抱いていないのかもしれない。

 

娘の入院中、主治医が私の話す夫の日常を聞いて、

「ご主人も治療が必要かな…」

とぽつりと言った言葉が今でも忘れられない。

そう、夫はどこか病んでいる、愛情という回路がプツリと切れているような…

 

娘に対して愛情がまったくないわけではないだろう。

表現ができないだけなのかもしれない、自分が親からしてもらってこなかったから。

我が子に愛情をかけるとはどういうことなのか知らないのだとも言える。

 

私がそれを理解し、もっと大きな思いやりの心で優しく接してきたら、夫も変わって娘にもあんな苦しい思いをさせないで済んだのだろうか?

 

しかしながら、私は私でずっと一人で頑張ってきた。

経済的なこと以外は私にできる精一杯のことをして過ごしてきた。

その上で夫を愛し労れるような心の大きな妻にはなれなかった。

 

私はもっと話したい、聞いてほしい、助けてほしい、守ってほしい、と感じていたのに、いつも「仕事」を理由にスルーされ、結局一人ですべてやらなければいけない生活に甘んじていた。

いつしか夫を頼らなくなっていた。

夫を助けたいという気持ちが湧いてくることはなかった。

 

私と夫はお互いに対しての優しい思いやりに欠けるという点においては「お互いさま」のすれ違い夫婦だったのだ。

 

過去を振り返ると「かもしれない」と感じることが本当に沢山ある。

私自身の反省点も数々。

けれど、もう吹っ切ろう!

「これまで一人でよく頑張ってきたよ」

と私自身をねぎらおう!

今の私はそんな心境だ。