2007年の10月に、不正出血のみの症状で軽い気持ちで病院にかかり、
クラス5の子宮頸がんだということがわかりました。
親族でがんになった人はいなかったし、親からも
「うちの家系はがんの心配だけは無いからねえ」と言われて育ちました。
だから、「え?なんで?」という気持ちが強くてほんとに実感わかずに・・。
あれよあれよと言う間に10日後には入院、翌日には手術を受けていました。
子宮の下の方を円錐状に切除するカンタンな手術で、1時間ほどで終了しました。
ベッドに寝かされてガラガラと手術室へ入って行く時は物凄く緊張し・・
でも、裸になるなんてことも知らなかったし、ドラマとはずいぶん違うな・・などと
人ごとのように感じていたものです。
手術中には切除した部分を検査して、転移がないか、
がんは取りきれているのか、ということを調べていて、術後すぐに聞かされました。
その結果は切除した部分全てにがん細胞があり、
全く取りきれていないこと、子宮を摘出しなければならないという結果でした。
なんのために苦しい思いをして手術したのか悔しかったです。
転院しなくては摘出手術を受けることができず、
家族が運転してくれる車で数時間かかる病院に向かいました。
私としてはもう年末になってくるし、年明けに入院かなあと思っていたんです。
でも、訪れた病院では、手術したことによってがん細胞そのものが
現在むき出しになっていること、
早急に手術をしなければ、あと2ヶ月なんてとても待てる状態ではないこと、
など、それまでとは全く異なる話をたくさんしていただきました。
本当は婦人科の手術日程はいっぱいだったんですが、
進行が早く、危険な状態にあるため、即入院、手術の日程が決まりました。
でも・・自覚症状は何もないんです。痛くもかゆくもだるくもないんです。
ほっておいたら、次の春まで生きてられないかもしれないなんて信じられません。
こんなことが自分に起こるなんて考えてもみませんでした。
その頃は、私よりも家族の方がずっとずっとつらかったと思います。
仕事を休んで遠くの病院まで連れていってくれた妹夫婦。弟。
小さいころから病弱で心配かけたのに、今度はこんな大病でさらに
心労をかけてしまった両親・・。
そして、まだ中学生だった1人息子。すまない気持ちでいっぱいでした。
でも、がんになったことはショックだけれど、
今まで気が付かなかった周りのたくさんの優しさや温もりを
「えー!、こんなに優しくしてもらっていいのぉ!?」っていうくらい感じました。
綺麗ごとではなくて、それは、後から経験する2度目の手術、つらい闘病、恐怖、
今も続く検査、不安を拭い去るくらい大きな温かいものです。
ときどき不安でふさぎ込む私を傍で支え続けてくれている大事な夫、息子。
本当に本当にありがとう。
少しづつ、また、入院してたときのことなど思い出して記していきます。