話は遥か昔に戻ります。
私は若いとき、うつ病になりました。
入院もしました。
でも、そこで出会った先生や患者さんに助けられ、社会に復帰することができました。
先生は毎日、夜遅くても必ず面談して精神療法をしてくださいました。患者さんには拒食症、軽度精神病、躁うつ病、アルコール症などの心の病をもったかたがいらっしゃいました。色々とはなしたり、歌ったりしているうちに、辛い話をなぜか聴く立場になってました。ピアカウンセリングのはじまりでした。
その後、自助グループでも、話を聴くようになってました。アルコール症の自助グループの傾聴ボランティアでも話してくださいました。
なぜ、私に話をしてくれるのだろう。話を聴くにはちゃんとしなきゃ。そう思い、独学を始めました。
それが、カウンセラーになりたいというきっかけとなりました。しかし、カウンセラーになるには、山がたくさんありました。心理系の大学と大学院を卒業しなければ、カウンセラーの仕事には就けないのです。
そこで、仕事と並行して、放送大学で心理学を学びました。8年もかかりましたが、充実していました。
それからは、子育てと仕事の両立で、勉強をするどころではありませんでした。
気がついたら、還暦になり、仕事もなくなり、子供たちも独立していました。
これはまずい!主人はまだ会社員なので、私はひとりぼけてしまう。
第2の人生考えなくては、いまどき、超高齢社会を生き抜けない。
そう思った私は、かすかにカウンセラーになりたかった自分を思い出しました。
そこでまず、ボランティアでSNSカウンセリングを始めました。しかし、それだけでは毎日が埋まるわけではありません。
根っから勉強好きなや私は、そういえば、放送大学の教育と発達専攻卒業していることを思い出しました。しらべてみると、私は通常の心理学部を卒業してることに相当してることがわかりました。じゃあ、大学院にはいって、さらに勉強して臨床心理士か公認心理師になろうかと昔の夢を思い出したのです。資格を取って、70歳まではカウンセラーに業をする!
人様からみれば、何考えてるの、還暦で取ってくれる
クリニックなんてあるわけないじゃないと思われるかもしれません。
しかし、為せば成る。今を生きる。
そう考えればできないことはないです。
結果よりプロセスを大事にしたいと思ってます。
こうして、私の第2の人生の挑戦ははじまったのでした。