「怒り」の後ろにあるのは「悲しみ」
思いもつかなかった。
でも、それが「本当」だった現場を 目の当たりにさせていただいた。
言葉に惑わされない。
そこに隠れている「本当」を見る。
これがきっと俯瞰するということなんだろうな。
まだまだ「言葉」に惑わされる。
自分のことさえ まだまだ俯瞰は難しいし、
ましてや 第三者となると もっと難しい。
相手の「不機嫌」に巻き込まれる。
ま、それでも以前に比べると 1歩引いて見れるようにはなってきたけど。
また厳しい制限が課せられる今、怒りを感じる。
確かに その奥には「悲しみ」があるような。
制限をかけるという短絡的な対処しかできない この国に対しての悲しみと諦め。
それに巻き込まれないようにしようと思うと、
自分を奮い立たせる必要がある。
それには「怒り」が エネルギーを噴出させる源なのかも。
フムフム なるほど~😃
悲しみに立ち向かうための「怒り」のエネルギー。
そう思えば 「怒り」という感情も大切なものなんだね。
ただ その出し方を間違えてはいけないけどね。
でないと ただの「迷惑な人」になってしまうから。