しまむらの商品を買い漁る人たちと

エルメスの商品を買い漁る人たちは、

根本が同じだなーと感じた今日この頃。


Twitterやアメブロでしまむらの商品を

こぞって買う人たちを知った。

特にしまむら内ブランドの「プチプラのあや」やテラなんとかさんが人気らしい。


しまむラーはしょっちゅう店を徘徊し、

しまパト(しまむらパトロール)するんだって。


在庫をもともとあまり置かないしまむらは、オンライン販売もシステムが弱くて、争奪戦らしい。


店も客も馬鹿げてるなー…と思っている。広告を出すならオンラインや在庫を強化しないとねぇ。



そして最近アメブロのオススメで出てきた記事をなにげなく読んで、エルメスでも買い漁る人たちがいることを知った。


エルメスパトロールはエルパトと言うらしい。


(そりゃあ物は良いだろうし、私もしまむらよりは断然エルメスの商品の方が欲しいラブ)


買いまくれる財力と保管できる家の広さは羨ましいなーと思う。


だけどなんだかしまパトの人とエルパトの人とあまり変わらない気がした。



限定品を入手すべく血眼になってる姿、

競争相手に負けず勝ち取ろうとする姿、

手に入れてはすぐに次の獲物を狙う様子、

購入してはネットで紹介・自慢して

承認欲求を満たす行為…



収入格差はあれど、やっている事や

心理状態は同じように思える。



購入の満足感は続いているのかな?

たくさんあり過ぎても、使いきれないのでは?

1つの体、365日… 充分使えるのかな?



エルメスの方は所有欲や眺めて満足するっていうのがあるか。不要なら売れるしね。



私は使いやすくて思い入れのある品があればいいかな。


社会人になってパリの本店で買ったヴィトンのバッグ、

母から譲り受けたミチコなんとかのバッグとキタムラのバッグ、

妹の新婚旅行のお土産で貰ったコーチのバッグ



コーチのは小さくて使いにくいしほとんど使ってないけど、思い出があるから手放せないなぁ。



エルメスやシャネルのバッグも可愛いなーとか欲しいなーと思ったりもするけど。何かしらストーリーがあって手に入った物だと大切にする気がする。



そりゃあ好きなだけ買いまくれる環境ならそれに越したことはないけど、仮に自分がその状況になったとして、はたして満足度が上がるかな?と考えてみたけど…うーん…。健康がお金で手に入るなら両手上げて喜ぶけどなぁ。


貧乏人の僻みかな?


車とApple Watchは欲しい。


バッグや靴や服にそこまで価値を感じていないのかも。高い物は品質やデザインが良い物が多いのは分かっている。


自分の中の重要度や優先度が低いだけかもしれないなぁ。