久しぶりに映画館でアニメーション映画を観た。

ディズニー/ピクサーの「マイ・エレメント」は、予告編や前評判からずっと気になっていた作品で、公開直後に観てすごく感動し、その後、3D吹替版での再度鑑賞でも飽き足らず、世間の多くのリピーターのご多分に漏れず、3回目は字幕版をまた「追いエレメント」して、すっかり沼(?)にはまってしまった(笑)。

 

 

この映画の何がそんなに気に入ったのかと聞かれたら、なんだか頭悪いみたいで忸怩たるものがあるけど、「全部」って答えるしかない(笑)。

何より主人公の二人、「火」のエレメントの若い娘エンバーと「水」のエレメントの青年ウェイドのキャラクター造形と描写がこの上なく魅力的。二人を取り巻く、エンバーの両親、ウェイドの家族、ウェイドの上司で「風」のエレメントのゲイルや「土」のエレメントのファーン、その他エレメント・シティーの住人たちも、誰もがみな個性的でとてもユニーク。そして、キャラクターたちが生き生きと活動するエレメント・シティーという舞台の世界観や設定が、これまで見たこともないような、斬新で面白く、彩り豊かで魅惑的な、素晴らしい映像表現となっている。

この美しい映像の中で繰り広げられるエンバーとウェイド、そしてその家族を巡るストーリーは、キャラクターと世界観にぴたりと調和して、観ている者を最高の没入感に誘う。

そういう意味で、映像体験としての完成度は、これまで観たアニメーション映画の中でも抜群だと思う。

自分が特に引き込まれたのは、CGアニメーションでありながら実写の俳優にも劣らないエンバーとウェイドのリアルな感情表現。何度観ても、観るたびに二人に感情移入して、切なく健気な愛の姿に涙が止まらない。

決まって泣いてしまうのは、エンバーがウェイドの家に招かれ、結ばれない恋を思って「泣きゲーム」でエンバーが初めて涙するシーン。ウェイドがエンバーにヴィヴィステリアの花を見せるために頑張り、エンバーが目を輝かせ、光に包まれるシーン。そしてその後の、二人が勇気を振り絞って、手と手を触れ合わせ、抱き合える喜びにしみじみ浸るシーン。洪水で窮地のエンバーを助けに来たウェイドがエンバーの愛の告白にもかかわらず、エンバーをかばって蒸発してしまうシーン。ウェイドを失って、父バーニーに正直な思いを告げるエンバーに、バーニーが自分の店ではなくエンバーこそが自分の夢だと言い、エンバーと両親が抱き合うシーン。ウェイドが復活し、エンバーと抱き合って初めてキスするシーン。そして、最後に、ウェイドとともに旅立つ日、乗船の直前でエンバーがバーニーにおくった「火」の最敬礼にバーニーが黙って最敬礼を返すラストシーン。

いやあ、大げさかもしれないけど、この間、ずっと泣きっぱなし(笑)。

 

この映画、異人種・異民族間の恋愛とか、移民に対する差別や偏見の問題とか、いろいろと現実世界のメタファー(暗喩)によるメッセージ性やテーマ性もあるのは確かだろうけど、でも、やはり、これはアニメーションの本来の力、というか、ファンタジー性こそがこの映画の魅力の本質なんだろうと思う。

問題の告発や処方箋の提示といったリアリズムの主張、そういう教訓話や説教ではなく、観客を日常世界から解放し、普段の生活のストレスやフラストレーション、自分たちの世界の思い通りにならない問題に対する苛立ちやもやもや、わだかまりや疲れを忘れさせる。映画全体が、優しさと思いやりによって成り立っている。それは、自分たち観客も、本来そこへ立ち返るべき、心の自然なあり方。それを思い出させる。

この映画を観たからと言って、社会問題が解決されるわけじゃない。でも、問題を解決する前に、自分たちの心が、優しさや思いやり、他者への共感や愛を失って歪んだままでは、何も前には進めない。

デトックスという言葉は、何だか一時的な気休めのセラピーみたいであまりぴったりとした言葉ではないけど、観客の心の中に前へ進むためのきっかけと新鮮な息遣いを取り戻させてくれる、何度でもリピートしたくなるのはその力ではないか、この映画はそんな映画だと思う。