最近観た映画の感想のその2は、ディーリア・オーウェンズのベストセラー小説「ザリガニの鳴くところ」を実写化した同名映画。

形式としては、一種の推理サスペンスの展開だから、描かれる事件の真相を含め、今回のブログはネタバレだらけなので、上映中の映画を見ていない方あるいは原作小説を読んでいない方で、この映画や小説に興味のある方は、読まない方がよいかもしれません(笑)。

 

原作小説は、この映画を観る前に既に読んでいて、湿地で一人で生きてきた主人公カイアの力強いキャラクター表現、非常に細かく丁寧で美しい湿地の自然描写のリアリティー、スリリングで思わず引き込まれる法廷劇ミステリーの面白さ、という多面的でとても巧みなストーリーテリングが印象深い佳作だと思った。

で、映画の方も、どれほど原作の魅力を活かすことができているのか、楽しみでもあり、また、逆に、果たして原作の内容が実写化可能なのか、訝しくもあり。

が、映画の予告編を見る限り、何だか原作のイメージとかなりずれがあるようにも思えて。

 

観た結果の感想、正直言って、これ失敗作じゃないかな。

失敗の最も大きな原因だと思うのは、主人公「湿地の少女」カイアを演じたデイジー・エドガー=ジョーンズが、カイアのキャラクターの本質を全くと言っていいほど体現できていないこと。

彼女の役者としての力量以前に、キャスティングのイメージギャップが大きくて、演技では埋めがたい溝があるし、それ以上に、脚本が不出来、その上、演出もベクトルが違ってる。

 

前回のブログ記事にも書いたけど、自分が考える映画の3つの要素、「ビジョン」と「ストーリー」と「キャラクター」で言うと、映画の作り手は上手くバランスとっているように見えて、3つともすべてが中途半端な感じ。

その点、原作小説は、何と言っても主人公カイアの「キャラクター」が「ストーリー」を強く牽引し、その結果として小説全体の「ビジョン」が浮かび上がってくる構成になっている。

デイジー・エドガー=ジョーンズの演じるカイアに欠けているのは、大自然の中で一人きりでサバイバルを続けてきたカイアの、繊細な感受性の背後にある野性的なたくましさ、強かさ。さらに、その強さと相反する、絶対的な孤独感、自分以外の他者は誰も心の底からは信じることができないにも関わらず、普通の人間の世界への絶望的な憧れ、他者からの愛情に対する悲惨なまでの渇望。

カイアの鮮烈かつ複雑な人格描写に成功しなければ、この物語は成立しない。

 

映画を観ていて疑問に思う細かい点、不満点を上げればきりがない。

冒頭、殺人の嫌疑でカイアが逮捕されるシーン、こんなにあっさり捕まるようなカイアであってはダメ。裁判になっても、カイアの苦悩や憂鬱は、あくまで湿地の自然から切り離されて、衆人環視の法律手続に放り込まれた不快感や閉塞感、不安感からで、裁判の判決におびえる小心で臆病な少女のように見えてはいけない。

初恋の人テイトとの関係も、羽の贈り物による二人の切ない心の交流など、成人俳優ではなく、もっと思春期の役者を使って、幼少からの長い時間の流れを感じさせる描写にすべき。生活の唯一の支えであった黒人の雑貨屋店主ジャンピンやその妻メイベルとの触れ合いも、もっと散発的で切々とした暗黙の意思疎通の感じを出さないと、カイアの孤独感が際立たない。総じて、カイアと町の人々との接触、やり取りのシーンが多すぎる。特に、弁護士トムとの絡みは、カイアを他者に依存する弱い人間に見せる効果しかない。

カイアの孤独感が伝わらないから、後に事件の被害者となる傲慢で横暴なチェイスとカイアとがなぜ恋仲になったりするのか、説得力が決定的に不足。

事件の真相追求や裁判での検察との攻防でも、事件の当夜に目撃された櫓へ向かうボート上の人影がカイアではないかという証言とか、仮にそうだとしても潮流などを考えると時間的にいかにそれが困難かとか、カイアのアリバイとなった当日の宿泊先から往復する深夜バスの車内では容貌や身なりがカイアとはまったく似ていない乗客しか目撃されていないとか、そういう原作でのディテールが割愛されているから、映画のエンディングで事件の真相が暗示されたときに、どうやってカイアが事を成し遂げたのか、そのあまりに大胆で鬼気迫るほどの決断力や実行力に対する衝撃的な感動が沸き上がってこない。

また、そのエンディングで、カイアの死後、そのアルバムや日記帳のようなノートにチェイスの肖像スケッチとともにペンダントが隠されているとか、カイアのキャラクターからずれた誤解を生むセンチメンタルな演出もまったく不要。

 

ということで、この映画もかなり残念な作品としか思えないんだけど、原作小説は読後の余韻も深く、いろいろなことを考えさせられるし、何よりカイアという主人公への感情移入が、彼女の犯した罪よりも、大自然とともに生きた彼女の悲しみや喜びへの共感の方がはるかに意味のあるものと思わせ、小説世界へ読者をぐいぐい引き込む魅力があるから、映画を観るよりも、原作小説を読むほうを強くおすすめしたい。

って、ここまでこの記事を読んだ人には、小説のコアの部分が完全にネタバレしてて、無意味なおすすめにはなっちゃったけど(笑)。