フランスの映画監督・脚本家で女優でもあるレティシア・コロンバニの小説デビュー作、フランスでベストセラーとなり、世界各国でも翻訳されている「三つ編み」を読んだ。

波瑠さんの出演作品の原作「おそろし」や「オズの世界」を除けば、このブログで小説をとりあげるのは初めてだと思う。

それくらい深く感動した素晴らしい作品。

 

 

小説のあらすじは、自分が下手な要約をするよりも、例によって安直で申し訳ないが、訳者あとがきからの抜粋で。

小説には3人のヒロインが登場する。地理的にも社会的にも大きくかけ離れた境遇にあって、面識もない彼女たちの人生は、ちょうど三つ編みのように交差して語られるうち、結末で深々と結びついていく。

インドのスミタは不可触民(ダリット)。代々一族の女がしてきたように上位カーストの家々をまわり排泄物をあつめるのが仕事だ。日々つきまとわれる凄まじい悪臭もさることながら、人と言葉を交わすことはおろか、姿をさらすことも許されない人間以下の身分とされる。6歳の娘ラリータには別の人生を切望し、学校で読み書きを習わせようと決意する。

シチリアのジュリアは20歳。曾祖父が創業し、いまは父が経営する毛髪加工の作業場で働いているが、ある日、父が交通事故で昏睡状態に陥る。回復を信じながらも不安な日々を送る彼女は、ひょんなことからターバンを巻いたシク教徒の移民青年に出会い、惹かれていく。だが、大黒柱を失った作業場の経営は、若い彼女の肩に容赦なくのしかかってくる。

モントリオールのサラは40歳の有能な弁護士。勤務するビジネスコンサルタント法律事務所では、ガラスの天井を突き破ってトップの座を目前にしているが、私生活では二度離婚しているシングルマザー。3人の子供の世話は、罪悪感にかられながらベビーシッターにまかせている。社会の強者、成功者としての彼女の立場はしかし、乳癌の告知によってはげしく揺さぶられる。

 

当初は、フェミニズム小説ということもあって、結構シリアスで重いストーリー展開なのかな、という第一印象があったのだが、映画監督・脚本家の作品だけあって、文体が簡潔で無駄がなく、情景描写が非常にクリアで、シーンのイメージや登場人物の心の動きもストレートに伝わり、深い感情移入を誘う、とてもテンポのよい文章で、物語世界に没入できる。

3人の主人公、スミタ、ジュリア、サラと短くまとまったエピソードが順番に繰り返し続いていくのだけど、展開の意外性に加え、一つひとつのエピソードの終わり方、続き方が絶妙で、エピソードの続きがどうなるのか、と同時に、次の主人公の話がどうなるのか、いったん読む手を止め、本のページを離れ、目を閉じて、ふうっと息を吐きながら、しばし主人公の気持ちに思いをはせる。そして、すぐにまた本に戻って、次のエピソードを読み始める。じっくり味わって読みたいと思う気持ちと、早く次が読みたいという気持ちとの板挟みになってしまい、わくわく興奮しつつも、じりじり煩悶(笑)。

 

ネタばれは避けたいので、あえて詳しくは書かないけど、はじめはばらばらに見えた物語が終盤のあるエピソードから一気につながっていく瞬間は、感動で思わず鳥肌が立つ。そこからは、もうエンディングがだいたい予想されるのだけど、その予想されるエンディングへ向けて悠々と流れていく物語には、味わいが薄れるどころか、感動がどんどん高まっていく。

3人の最後のエピソードは、読んでいて涙があふれて止まらない。

小説を読んでこんなに泣いたのは、本当に久しぶり。波瑠さん出演作品の原作以外では、ほとんど記憶にないくらい。

 

印象的なのは、3人の主人公の意志の強さ、ではあるのだけど、単に意志が強いというだけの、男性主人公の小説にありがちな、不屈の根性ストーリーなんかではない。

3人は、それぞれ生きる社会や境遇、性格も立場もかなり異なるのだけど、不条理で抑圧的で、ときに非道で残忍な男社会(いわゆる家父長制原理に支配された男性中心の既存社会をあえてそう呼ぼう)の過酷な現実と正面から向き合い、闘い続けることを決してやめない。

しかし、その意志を支えているのは、男性主人公に多く見られる、硬直的ないしは原理主義的な「正義の論理」ではない。

他者に対する共感、愛情、それが彼女たちを強く支え、連帯させている。

スミタは、自分のためではなく、愛する娘のために闘う。幼い娘の決して誇りを失わない潔い姿が、スミタに力を与えている。

ジュリアも、父への愛、母や姉妹への愛、工場で働く仲間たちへの愛、恋人カマルへの愛、その嘘偽りのない真っすぐな気持ち、そして、伝統や因習や常識にとらわれず、自分の感受性に正直で素直な彼女の生き方が現状打破のエネルギー源になっていく。

サラは、男女平等に見えて根深い男社会のルールに支配されたビジネスの世界で、必死になって自分を支えてきた、その環境や人間関係や価値観が、癌との闘病という現実の前に、もろくも崩れ、すべてが欺瞞であったことが露呈する。そうして、初めて本当に大切なものは何か、自分の本当の気持ちは何か、それに気づくことができる。

 

物語は、必ずしも単純なハッピーエンドではない。彼女たちの闘いは終わらない。でも、その闘いがどこへ向かっていくのかは、はっきり見えている。そういう意味では、この小説は、典型的なリアリズム小説と言えるかもしれない。

3人の物語が互いに共鳴し、共振して、ひとつの物語となったように、この後は、この物語を読んで感動した我々読者自身もこの闘いに参加し、新たな物語を紡いでいくのだ。

 

この小説、作者が映画監督・脚本家なので、当然かもしれないが、映画化が計画されているという。映画は、是非見てみたい。読んでいて、映像イメージがふつふつとわいてくる、そんな実写化にぴったりの小説だ。映画になれば、さらに感動のインパクトが強くなるかもしれない。

 

余談になるけど、自分の大好きな波瑠さんには、こういう映画に出てほしいんだよなあ。

まあ、インド人も、イタリア人も、カナダ人も、日本人が演じるのにはちょっと無理があるけど(笑)。

でも、どうだろう。舞台化ってのもありなんじゃないかな。舞台だったら、日本人が演じても全然違和感はないし。波瑠さんだったら、きっとこの3人の主人公の誰を演じても、素晴らしいお芝居を見せてくれると確信してる。いや、いっそのこと一人3役でもいい(笑)。誰か企画・プロデュースしてくれないかな。

いかんいかん、また余計な妄想モードに入ってしまった(笑)。

 

いやあ、でも本当によい小説に巡り合えてよかった。

レティシア・コロンバニの小説第二作「彼女たちの部屋」もとても評判がよいようなので、これも読んでみようと思っている。