本当は、5月4日に東京オペラシティのコンサートホールで観る予定だった新国立劇場バレエの「コッペリア」。緊急事態宣言で公演が中止になってしまい、がっかりしていたのだけど、YouTubeで無観客ライブ配信が行われて、キャスト違いの全4公演を観ることができた。

で、感想。やっぱりバレエは素晴らしい。でも、やっぱりまたぜひ劇場で観たい。

 

公演の概要は、例によって公式サイトから以下コピペで。

フランスのエスプリ薫る、洒脱で心に残る名作バレエ

ローラン・プティが画期的な演出と振付で創作した『コッペリア』は、1975年にマルセイユ・バレエで誕生しました。それまで世界中で上演されていた『コッペリア』が19世紀の時代精神を体現するバレエだとすると、本作品は現代に生きる人々が主人公で、時代を超越した人生と愛がテーマとしてはっきり浮き上がります。プティ自身が演じたコッペリウスの名演が今でも語り継がれる、彼の代表作です。プティ独特のユーモアやフランス流の洒落た仕掛けの妙味はもちろん、ラストに待ち受ける奥深いメッセージが心に残る作品です。

 

これまで観てきた新国立劇場の演目は、「ドン・キホーテ」、「くるみ割り人形」、「眠れる森の美女」と、どれも典型的なクラシック・バレエを代表する華やかで祝祭的な内容のもの。「コッペリア」も、もともと本来はクラシックの代表演目で、これまでDVDで観たことのある一般的な演出では、東欧の田舎町を舞台に村娘の主人公スワニルダとその恋人フランツを中心に、人形師コッペリウスの作った美しい人形コッペリアを巡ってコミカルなストーリーと、賑やかな群舞や趣向豊かなディベルティスマン、輝かしいパ・ド・ドウと壮大なフィナーレというオーソドックスな展開なんだけど、ローラン・プティのこの演出・振付版だと、非常にモダンでスマート、皮肉や含蓄を含んだプロット、腕や肩を回したり、腰を振ったり、カンカンのような、ユニークでコケティッシュ、ユーモラスな動き、すごく新鮮な印象だった。

 

ライブ配信は全4公演だったのだけど、連休はいろいろ予定があって、全幕通しでフル視聴できたのは、当初劇場で鑑賞する予定だった4日の木村優里さんが主演スワニルダ役の日だけ。でも、見どころの第2幕はフィナーレまで他のキャストも、2日はプリンシパルの米沢唯さん、5日はファースト・ソリストの池田理沙子さん、最終8日はプリンシパルの小野絢子さん、すべて観ることができた。

もうすっかりファンになった木村優里さんは、何ともキュートで、踊りがダイナミック、スタイルの良さを生かした伸び伸びとした美しさ、お芝居のめりはりもあって、おきゃんで快活なスワニルダが演出とぴたり調和して、素晴らしいパフォーマンス、ますますとりこになってしまう。

でも、今回は木村優里さんだけでなく、キャスト違いで観たことで、ダンサーそれぞれの個性を堪能することができたのには大満足。技術的な巧拙や踊りの専門的見地からの比較はまるで分からないのだけど、素人目にも印象はかなり異なって非常に面白かった。

見当外れな感想かもしれないけど、米沢唯さんは、さすがプリンシパル、余裕たっぷり貫禄の踊りで、華麗でとても優美、うっとりと見惚れてしまう感じ。池田理沙子さんは、ビジュアルもすごく可憐で親しみを感じる、優しい印象の踊り。小野絢子さんは、やっぱりエース、ぴか一の表現力、都会的で洗練された踊り、マイムも抜群の上手さで、プティのこの振付・演出には一番マッチしていたかもしれない。

こうやってキャスト違いでバレエの醍醐味を満喫できるのは、ライブ配信ならではで、これが全部無料なんて、バレエ団には申し訳ないけど、ファンにとっては有難い機会だった。でも、キャンセルになったチケット代は、バレエ団に寄付しましたので、どうか悪しからず。

 

あと、今回のコッペリアで強く印象に残ったのは、初老の男性(コッペリウス)の心の中で理想化され、人形に託した若く美しい女性への憧れ、自分一人で虚しくふけっていた夢の世界が現実の無邪気な女性によって無残に壊されて、儚く消えていく、その皮肉と自虐と哀愁。

フィナーレで、派手で明るく賑やかに繰り広げられるギャロップの群舞の輪の中へ、衣装を剥がれむき出しになった人形を愛おしそうに抱えながら、茫然としてふらふらと歩み入るコッペリウス、歓喜と悲哀、動と静、光と影が交錯するコントラスト、その非常にシュールな光景に何故かこちらまで心をゆさぶられ、最後のシーン、ダンサーたちが去り、人形がばらばらになって、一人悲嘆に満ちて立ち尽くし、スポットライトに取り残されるコッペリウス、その物悲しいラストが目に焼き付いて離れない。

もともと自分としては、こういう男の妄想じみた思い込み、典型的にはギリシア神話のピュグマリオンが作った彫刻の女性像ガラテアの物語のような、そういう男性の独りよがりをテーマにした作品はあまり好きじゃないのだけど、このプティの演出でのバレエ作品は、不思議と感動的なイメージを創出することに成功している。これもやはりバレエという、独自の舞台芸術の魅力によるものかもしれない。

そういう意味で、今回は主役の女性ダンサーだけでなく、むしろこちらが本当の主人公かもしれない、コッペリウス役の山本隆之さんと中島駿野さんもすごく良かった。

それと、今回は無観客だったことで、この物悲しさが余計に強い余韻となって響く。本当はラストで満場の歓声と拍手、カーテンコールで鑑賞後の満足感の明るい盛り上がりがあるはずなのにそれがない。それがなおさら、心に深く何かが残る感じだった。

 

いやあ、でも、やっぱり劇場で、最後は歓声と拍手の中でバレエは観たいな。

来月公演予定の「ライモンダ」、さっそくチケットは確保したので、今度こそ劇場で観られますように。