(今年観た映画の感想、前回(上半期)からの続き)
「スパイダーマン ファー・フロム・ホーム」
マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)のフェイズ3を締めくくる作品。エンドゲームの余韻を引き継いで、新たなヒーローたちの物語が始まる、わくわくする予感に満ちた作品。何と言っても、主演トム・ホランドとヒロイン・ゼンデイヤの魅力が画面に溢れている。ストーリーの二転三転の面白さや青春ラブロマンスのほのかな切なさもなかなか良い。エンターテインメント映画としては確かに一級の作品だ。
「Girl/ガール」
プロのバレリーナを目指すトランスジェンダーの少女ララの刻苦と葛藤を描いたベルギー映画。主演のヴィクトール・ボルスターの美しさ、可憐さには、同性ながら思わずうっとりと魅了されてしまう。主人公の、文字通りの血のにじむような努力には、涙ぐましさとともに、ジェンダー意識・志向は異なれど、深い感情移入をせずにはいられない。トランスジェンダーやクイアの視点からは、性別違和の描写等に批判があるようだけど、100%の正解ではなくても、感性への問いかけという意味では、作品のビジョンが間違っているとは思わない。最後のララの選択も、思わず目を覆ってしまうほど痛々しいが、バレリーナとしての、女性としての「美」を突き詰めたい、その「美」へ通じる道を失いたくない、というどうしようもない、心の底からの希求、例えば、それはゴッホの絵画への希求と同じような、そう思えば、自分自身を傷つけ、否定したくなる思いも、どこか共感ができるように思う。いろいろなことを考えさせられる映画だし、何と言っても、この映画を観たら、バレエを観たくなる。
「天気の子」
新海誠監督による「言の葉の庭」、「君の名は。」に続く新宿三部作(笑)の最新作。その独特の映像美は相変わらず、特に、映画のテーマである、気象、雨の描写は素晴らしく美しい。しかし、作品として心に残るインパクトはほとんどなかった。社会的な公正や万人の幸福といった抽象的正義よりも、等身大かつ具体的な、目の前の愛する人との幸せの方が大切というメッセージには賛同するし、前作同様、理解不能なストーリーの御都合主義的なロジックにも目をつぶるけど、最大の欠点は、主人公たちメイン・キャラクターに魅力がないこと。キャラ設定も心理描写も非常に甘く、感情移入がほとんどできない。これでは、どんなメッセージも伝わりようがない。
「プライベート・ウォー」
2012年にシリアで取材中に死亡した戦場記者メリー・コルヴィンの伝記映画。こういう実話に基づく作品については、いつも思うことなんだけど、それを映像にする意味はどこにあるのか、ドキュメンタリー映画とは何が違うのか。この映画についても、それは例外ではなく、作品のテーマやメッセージはともかく、作り手のビジョンがどこにあるのかは見えてこない。これがノンフィクションだとするなら、主人公がクローズアップになったり、一人きりのシーンが演出されたりするのは、明らかに不自然で虚構でしかない。主人公の描写も、エキセントリックで戦場のストレスと周囲の無理解により、心を病んでしまった異常な人にしか見えない。もし、この映画のビジョンとして意義があるとすれば、戦争ジャーナリズムの不条理、ということだろうか。ならば、徹底して、主人公の行為は無意味なものであるべき。そして、それが観客である我々の、戦場とは無縁な平穏な日常の本質が、砂上の楼閣、蜃気楼のような、根源的な不条理である事実にもつながるものでなければならない。
であるなら、所詮、事実や実話というのは、本人と当事者にとって以外何の普遍性も持たない。作り手のしっかりしたビジョンに基づくフィクションの方が実話よりも、はるかに大きな意味を持つはず。が、この映画では、そのような本当の意味での「リアリティー」のインパクトを感じることはできなかった。
「エイス・グレード 世界で一番クールな私へ」
ミドルスクールの卒業を目前にした多感でシャイな13歳の少女を主人公にした青春映画。主人公ケイラを演じたエルシー・フィッシャーの芝居がすごく印象的。日本では、なかなかこういう良質な青春映画が成立しない。何かというと「中二病」とか、十把一絡げの矮小化した解釈しかしようとしない。しかし、13歳の少年少女の悩みや迷いは、その人間の人生、個人の成長にとって、非常に重要な意味を持っている。その時間をどう生きたか、どのような人とどのような出会いをし、どのようにそれらの人々とかかわったかで、その後の人生が大きく左右されると言っても過言ではない。誰もが一度はかかる「はしか」なんかではまったくない。この映画を観ると、そのような「青春」の持つ意味の重さがひしひしと伝わってくる。
誰にも多かれ少なかれ「普通の生き方」があるなどという「世間の常識」は、すべて幻想にすぎない。そこが分からないから、この映画に対する日本人の評価・感想も、的外れでとんちんかんなものばかりになってしまう。
「イエスタデイ」
売れないシンガー・ソングライターが、ある日突然のアクシデントから、自分以外誰もビートルズを知らない世界になってしまい、ビートルズの音楽をパクることで思いもよらない成功を収めてしまう、というコメディー映画。無名時代から自分を支えてくれた幼馴染のマネージャーとのラブストーリーが物語の軸になっていて、音楽主体のロマンティック・コメディーというのがこの映画のコア。そう思うと、それなりに楽しい映画。ストーリーとしては、これって結局夢オチ?と思いつつ、設定ロジックは最後まで意味不明だったけど、ま、幼馴染役のリリー・ジェームスが可愛らしくすごく魅力的だったから、そのへんは全部許せるかな(笑)。
とここまで書いて、簡単に一言コメントのつもりだったのが、例によって文章くどくて(笑)、予想以上に記事が長くなってしまったので、残りの映画の感想は、次の記事に書くことにした。
(以下、(下半期その2)に続く)