みっちゃんへの天罰が次々と下されて、観ていて辛く、いたたまれない。

でも、正しくは天罰じゃなくて人罰。

怖いのは誹謗ビラやネットでの中傷ではなく、憎しみや妬みという「人の気持ち」の闇。ただ、その闇も、単純な悪意からではなく、満たされない、報われない愛情から生まれてきている。それが何とも言えず悲しい。

ここまでずっと優しく紳士的に思えた小田原から、いきなりむき出しの感情をぶつけられ、言いたい放題にディスられまくっても、ただ黙ってそれを受け止めるしかできない。

また会うことのできた有島に子供のことを告げるか迷いながら、でも、有島の気持ちはもう自分に対してはないこと、いや四葉のクローバーのエピソードの頃からそもそも自分への想いはなかったことをはっきり知って、ついに言い出すことはできない。

有島のじゃあなという言葉に返す、寂しく切ない、じゃあね、がじーんとくる。(家を出ていく朝に涼太に手をふって言う、じゃあね、とは違う切なさ。)

武蔵野眼科を訪れた麗華に謝られ、すごい、謝っちゃうんだ、これが有島君の選んだ人か、と女性としての格の違いを見せつけられたようにショックを受けるみっちゃん。動揺し、憔悴するみっちゃんを思いやって、さりげなく席を外させる花山先生の優しさだけが救い。

中学時代からずっと大切に抱えてきた思い出さえ、今となっては儚い幻となって消えていく。もう振り返られることもない四葉のクローバー。

自分は何を選んできたのか。涼太を好きになり、結婚したことが間違いだったのか。有島のことを忘れられなかったことが罪だったのか。

ついには、有島との(あるいは涼太との)最後の絆かもしれなかった子供からも選ばれることはなく、悦子は自分に選ばれたけど、自分はとうとう誰にも選ばれず、ただ一人涼太以外には。

二人で食べるはずだった夕食のタイカレーを見て涙するみっちゃん。でも、その涼太の元へ戻ることはできない。小田原が言うように、自分にはもうそんな資格はない。

 

ある意味、今回はこのドラマのクライマックス。

人を愛することの切なさ、人を憎むこと、人を責めたり恨んだりすることのやるせなさ。キャラクターそれぞれの気持ちが丁寧にリアルに描写されていて、人間ドラマとして見ごたえ十分。

小田原の気持ちも皆美の気持ちも、重く説得力をもって伝わってくる。

麗華の芝居だけちょっと作り過ぎの感があるけど、ドラマのバランスは決して崩れていない。

軽く浅はかなみっちゃんの振る舞いが二つの夫婦とそれを取り巻く人間関係を破壊、いや現実を露呈させ、その結果、誰もが苦しく、辛い思いから逃れられなくなってしまっている。

 

このドラマ、回を重ねるにつれ、観ていて胸のあたりに何かが詰まるように息苦しくなり、心をえぐるような台詞や登場人物の切々な表情を見るたびにきゅーっと酸っぱいような感情に締めつけられる。こういう感覚にはまって抜けられない、ってのはちょっとマゾヒスティックな歓びなのかも(笑)。

さらに、ただの演技ではなく、本当に心が動いている波瑠さんのお芝居と筆舌に尽くしがたいビジュアルの美しさで、画面にずっと釘付け。特に、今回は、最後のアパートで一人きりのシーン。悲しくも美しい涙に、強く心を揺さぶられる。

来週が最終話で、もうみっちゃんに会えないと思うと・・・。

 

エンディングの予想は野暮なのでもうしないでおく。

ただ、罪と罰、ということで言うなら、償いはどうなるのか。

それがどういう形であれ、最後まで人間描写とリアリティーを丁寧に追及してほしいと思う。