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m。。m
時々まひろのお家に戻って来る
惟規(のぶのり)
お家から大学寮は3.5kmぐらい
徒歩で45分ぐらいですが
寄宿舎に入ったようですね
まずは大学寮(この言葉は宿舎でなく
教育機関自体を指していました)
のあった場所が
「源氏物語ゆかりの地23番」に
なっていて説明板もあるので
見てみたいと思います
平安時代の大学寮があった場所に
京都市立中京中学校があります
きっと平安初期には
こんな服装の人が
この周辺を歩いていたのですね
文章生時代の菅原道真公が主役
このマンガでは在原業平と共に
(いやほとんど一人で)平安クライムを
推理、事件を解決
惟規がこのスタイルで
自宅に戻ってくるかなーと
楽しみにしていたのですが
この衣装でなく
ちょっと残念
9世紀後半の道真文章生時代
とは色々違うのでしょうね
(ドラマは今10世紀終盤)
「ゆかりの地」説明板は
中学校南側にあります
どのくらいの数の学生が
学んでいたのでしょうか
<9世紀後半の最盛期には300人の
学生を数えたが律令制の崩壊にともない
徐々に衰退し1177年の大火で廃絶した>
今だと東京大学の学生数が2万7千
京大は2万2千超えなので
3百人は全然多いと感じませんが
当時の貴族の人数は
皆で5百人足らず
だったとも聞きますから
それを思うと多いよな
と思います
道真公が文章生になったのは
18歳の時で、862年のこと
道真公は867年には文章生のうち
2名だけがなれる文章特業生
(スピード出世が見込める特待生)に
選ばれておられます
870年に官吏登用試験「対策」に
合格され、877年に文章博士
(もんじょうはかせ)になられました
まひろパパの為時は
道真のお孫さん菅原文時の弟子
だったそうです
ドラマでは為時が失職して
生活が大変になり
まひろも写本作成バイトに
励み下女も解雇して家事も
頑張ってるのに
弟はのんびり楽しく
キャンパスライフぅ
何それと思われそうですが
昨日書いたように
平安の官吏養成機関「大学寮」は
学費を払わなくて
よいのです
寄進された荘園からの収入等で
運営されていたので
素晴らしいですねしかも
成績優秀者には給付金
も支給されたとか
平安時代のびっくり情報満載の書籍
「朝廷が作った高等教育機関は学費を
取らなかった」ことも解説しています
進学は家庭の負担を増すどころか
逆に「口減らし」になったと
考えられます大学寮の学生は
進学することで親に負担をかける
どころか、勉強で生活費を稼いで
いたようなものでしょう
まひろが必死でバイトして
生活を成り立たせる一方で
惟規もスクールカースト
(親の位階や出身家系による)
がありそうな環境で
軋轢を経験しながら
集団生活に耐え
歯を食いしばって学問に
励んでいたものと思われます
それでも惟規は
暗い顔など見せないし
グチひとつこぼしませんね
衰退途上の大学寮を経ての
本人努力の将来しか
示してやれない
(当時の貴族としては)
頼りない父を責めもせず
いつも笑顔で
明るくふるまう
けなげな惟規
まわりの気持ちも明るくします
コレチカと惟規はたぶん同世代と
思いますが、ぜ~んぜん違いますネ
惟規は和歌も上手
演じるのは高杉真宙(まひろ)さん
1996年生まれだそうです
大学寮には寄宿舎も
付属していましたが
藤原氏の子弟は
藤原氏が寄付した荘園からの
収入で運営する
藤原専用寄宿舎に
入ることができました
藤原氏のトップが代々責任を
もって運営していた
「勧学院」です
食事等の待遇も
一般向け寄宿舎(直曹)より
良かったと考えられます
藤原専用寄宿舎「勧学院」の
場所などを金曜に
アップしますので
ご興味合えばぜひご覧下さい
お読みいただきありがとう
ございました