以前から「カリスマはいらない」と
事あるごとに言っているのですが
詳しく全貌をお話してこなかった・・・
のですが
そろそろまとまったので
書き留めておく〜![]()
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なぜカリスマはいらないのか![]()
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それは、カリスマ以外の人にとっては
借りの住まい
でしかないからです![]()
【借り住ま=カリスマ】
以上、これで説明できてるよね![]()
と言いたいのがわたしって生き物なのですが
それだと「愛」が表現されないとのことで
もう少し丁寧に説明してみます![]()
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なぜ「借り住ま」はいらないのか![]()
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ちょっと端折るが・・・(汗)
↑もう愛の表現が足りてない(笑)
わたしたちには
それぞれの中に「神」が存在していて
その住まいが「自分」という生き物。
みんなそれぞれ個性が違うのは
お役目が違うから。
【お役目=自分らしさ】
自分らしさは
他の誰も持ってはいないもので
その「自分らしさ」を
なぜ持っているか?というと
自分以外の誰かに貢献するため![]()
誰かに勇気をもたらしたり
誰かに元気をもたらしたり
誰かに優しさをもたらしさり
誰かに穏やかさをもたらしたり
誰かに気づきをもたらしたり
そういう「もたらし」が貢献。
「与える」じゃなくて、
「もたらす」と表現するには
理由があって
自分らしさの貢献って意識してないことが多く
受け手が勝手に「もたらされる」状態が多いから。
自分らしさを掴み切れないのは
「自然」にしていることで
意識されて、計算されてしていること
ではないからに他ならない。
それと、もう一つ
自分らしさで思うのは
自然な自分らしさを
思い出させるために起きる
「挫折」で感じた
「悲しみ」「苦しみ」を
他の人に味あわせたくないという
神様のご神徳と同じ思いを感じ
それを意識して過ごせていると
自分らしさで誰かに貢献しているということになる。
それが、自分らしさという「神性」。
神性はお役目であり
生まれてきた意味。
そう・・・
生まれてきた意味は
自分という住まいに
神を住まわせるため![]()
だから借りの住まいに住んではならないのです。
※この部分をまとめられたのは
リュウ博士の2冊の著書のおかげです
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どうして「借り住ま」があるのか![]()
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じゃあ、そもそも世の中に
【カリスマ=借り住ま】
が、なくていいじゃん
って話になるんだけど
これがそう単純な話ではない。
【カリスマ=借り住ま】には
すごく意味がある。
いっとき
借りの住まいに住むことにとり
本住まいをどんなものにするのか?
考える時間や参考にする![]()
こんな住まいがいいな〜
と、イメージわかせることできる![]()
これが最大のメリット![]()
そしてここが
カリスマのお役目でもある![]()
カリスマはある意味、
気前がいい太っ腹な家主だね![]()
自分の本住まいを造りはじめるまで
いていいよ〜って言ってくれてる。
宿貸しするだけの屋根を広げることができる![]()
そして、どんな人にもお貸しすることができる![]()
懐の深さが半端ない![]()
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「借り住ま」のデメリットは![]()
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【カリスマ=借り住ま】には
十分なメリットがあるが・・・
デメリットももちろん存在する![]()
それは、どちらかというと
借り手の心持ちで
生まれるデメリットが多い。
それは、
「錯覚」と「依存」。
「錯覚」とは、
借りの住まいの宿主である
カリスマに事あるごとに触れるので
カリスマのお役目を自分のモノと錯覚して
カリスマと同じようになりたい!と思うこと。
もしくは「カリスマになりたい」と思うこと。
人生の目的は
カリスマになることでも
カリスマと同じになることでもない。
カリスマにとっても
カリスマというお役目は手段
であることが多く
本来のお役目はやっぱり
自分の中に神を住まわせること。
「依存」とは
【カリスマ=借り住ま】
という一種のぬるま湯に慣れ
いつまでもそこに甘えていようとすること。
自分らしさに向き合う勇気を放棄して
ただただぬるま湯生活に浸る行為は
カリスマに対しても
自分自身に対しても無礼極まりない。
カリスマに錯覚している人は
理由を尋ねると決まって
「私も〇〇ちゃんみたいになりたい!」
といいますが
その「みたい」の中身を
自分でも明確にできてないから
表面の真似ばかりして
真似しきれないと落ち込む。。。![]()
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「借り住ま」から巣立つ時期
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個性の発揮が叫ばれて久しいのは
映画のヒット作を追ってもよくわかるな〜と思います。
2014年3月に公開された
アナと雪の女王では
本当の自分を隠し続ける辛さと
本当の自分を受け入れていく姿をみて
ありのままで生きたい
と多くの人が思い
2017年3月に公開された
モアナと伝説の海では
伝統やしきたりよりも
魂の感じる方へ漕ぎ出す勇気!
そしてそのことは、大切な人に対する
裏切りではなく貢献になる!と知り
2018年2月に公開された
グレイテスト・ショーマンでは
個性は誰かを喜ばせることができるし
みんな違ってみんな違うことが素晴らしい
「これがわたし!」と堂々と生きよう!
と多くの人が感動しました![]()
映画は完全にわたしが観たものしか
振り返れないけど(汗)
映画をあまり観ないわたしが
全部、人に勧められて唯一みたものたち。
もうそろそろ
【カリスマ=借り住ま】から抜け出して
自分の神を住まわせる本住まい・・・
つまりは「自分」というお社を
しっかり整える時期なのではないかな〜![]()
とわたしは思うのです。
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本住まいを整えるには・・・
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本住まいである「自分」を整えるには
「観て」(客観視)
「視て」(調査)
「診て」(診察)
「看て」(面倒をみる)行く作業が必要・・・
ここに関しては
以前に書いてます![]()
誰かに見ていてもらう時期って「思春期」くらい大事
この誰かに見てもらうという行為に似てるのが
【カリスマ=借り住ま】に住んでみることでもある。
どちらにせよ
内側の探求だけが
本住まいを造りあげる行為![]()
奥深くを掘って掘って掘って掘って・・・
主観の中の客観を広げていく作業。
仏像を彫りあげるように
神性をあらわにしていくことでしか
自分の中に神を住まわすことはできないな〜![]()
そんな風に思っているので
結果として【カリスマ=借り住ま】はいらなくなる![]()
ということです![]()
【カリスマ=借り住ま】から
【自分らしさ=本住まい】を
どう確立していったらいいのかわからない・・・
という方は、一緒にミーティングしてみましょ![]()
来年は、今ならご希望の日程で開催します![]()
下記リンクよりお問い合わせくださ〜い![]()
お問い合わせはこちら
あ、わたしの神性・・・つまりご神徳は
個性を押しつぶされて押しつぶされて
死んだように生きよう・・・と決め
そのことで苦しみを味わったにも関わらず
大切な子どもの個性を押しつぶして失敗し
大きな悲しみを連鎖させてしまった
挫折と後悔から
他の人には「個性をつぶす悲しみ」を
絶対に味わってほしくないという強い願い。
だから、ミーティングとしているのは
「個性」を見つける作業を
教えるでも伝えるでもなく
一緒に、客観という視点をお貸ししながら
掘り出していきたいから
なんです〜![]()
ちなみに・・・
つぶした我が子の個性は
しっかりと子どもと一緒にremindしました![]()
今では「らしさ全開」で楽しく個性を伸ばしています![]()