無意識に持ってしまっている前提とは、疑いもなく「当たり前」にしていることです。
母親だから当たり前。
助けるのが当たり前。
自分がやるのが当たり前。
このような前提は、多くの場合「無意識」に持ってしまっている概念です。
こうした“当たり前”は、一見まっとうに見えます。責任感や優しさとして評価もされます。けれど、その前提が常に自分を後回しにする構造になっているとき、それは、消耗になります。
問題なのは、当たり前になっていると疑えないということです。苦しいのにやめられない。疲れているのに続けてしまう。それは意思が弱いからではなく、「そうするものだ」という前提が組み込まれているからです。
頑張って維持している状態には、必ず無意識下に前提が隠れています。
無意識の前提は、何が良く、何が悪いのかではなく、自分の生存構造と噛み合っているかどうかが重要です。もし噛み合っていないなら、どれだけ正しい前提だとしても、必ず消耗します。
自分の構造が分かると、動き方が変わります。無理に奮い立たせなくても、自然に動ける場面が見えてきます。たとえば、人のためなら力が出る人もいます。役割を得ることで活力を得る人もいます。
このように、何が自分にとって一番のエネルギーになるのかを知ることで自分自身の生存設計を知ることができます。
エネルギーを注ぐことで活力になりますが、その質には注意が必要です。評価を得るためなのか、恐れからなのか、本当に自分の駆動に合っているのか。ここを見誤ると、事故が発生します。
エネルギーが強い分、消耗も大きくなってしまうので、主要エネルギーの質は非常に大切なのです。
重要なのは、「当たり前」を壊すことではありません。自分に合った前提に置き直すことです。何も考えずに動ける状態は、無理をしていない証拠です。自然に流れる場所を知ること。それが、頑張らなくても続く形につながっていきます。