ショートカットでブラウス、ではなく、Yシャツにスラックス。
に、どう見ても男性用のベルト。
が、いつものスタイルな性格もとっても男らしい女性の担任。
晴れの卒業式には
きちんとお化粧をして、髪もセットして
袴で登場した担任。
なんだかとっても可愛らしかった。
心なしか痩せていた。
「君たちが幸せな時は私を思い出さなくていいです。
すっかり忘れていてください。
だけど、ひとり悩んだり苦しい時
誰にも相談が出来ないような時は
私を思い出してください。
私はいつでもここに飛んで来ます。」
娘たちと一緒に本校を卒業することになった担任。
「一緒に卒業が出来て良かったと思います。
君たちがいない学校はつまらないですから。」
次の学校は一年ごとにクラス替えがある学校だと。
だから、三年間続けて同じ子供たちを受け持つことがないんだと。
あと数年で定年。
娘たちが、三年間続けて持つ最後の子供たちになるだろうと。
そんな最後の生徒が君たちで良かったと。
娘たちもあたしも
そんなあなたが大好きでした。
素敵な先生と出逢えたことは、娘たちの宝としてこの先ずっと
ずっと
心の中で大切にされていくでしょう。
そして、吹奏楽部の顧問の先生は
定年まであと2年の教員生活を残して
残ることも、他校に転任することもせず
退職されることになりました。
家庭の事情との説明がありましたが
あたしの勝手な憶測ではきっと
今が教員としての退き際、だと感じての決断だったと思われます。
娘が入学した同じ年に赴任してきた顧問。
5人たらずでボロボロだった吹奏楽部に娘たち一年生が13人入り
ここから三年計画で、三年後の娘たちが三年生の時は県大会出場を果たします。
と、県大会出場を目指して頑張ってきました。
一年生の時の地区予選コンクールでは銅賞。
二年生では銀賞。
三年生では金賞。
ちゃくちゃくと、一年一年実力をつけていき、ひとつづつ賞を上げていき、見事三年後の三年生の時には県大会出場権を取得した。
県大会では銀賞をいただいた。
銅賞ではなく、銀賞。
素晴らしい賞を実力でいただいた。
あと定年まで2年。
出来る限りのところまでやり抜くことも良いが、中途半端なところで退くより
これを区切りに、一番いい退き際だと、考えたのかもしれないなと。
最後の挨拶では
「私は音楽の教師なので、歌を歌って締めくくりたいと思います。」
と、マイウエイ、を歌ってくれた。
声が詰まりそうになりながら。
娘はこの顧問にも絶大なる信頼を置いていた。
娘は「先生は凄く凄く厳しいけど、筋の通ったことを言っている。」と。
顧問が子供たちを大切に思い信じる気持ちがきちんと子供たちに伝わっていたからの発言だと思う。
子供たちは馬鹿ぢゃない。
大人の“上辺”はしっかり見抜く。
それをキャッチするアンテナは素晴らしく優れている。
その子供たちが絶大なる信頼を置くことのできる先生はホントに偉大な人間なんだと思う。
卒業文集にひとりひとことコーナーがあった。
吹奏楽部の子供たちの言葉を見ると
顧問が言い続けていた言葉だと思われる言葉があった。
「挨拶、感謝、気動き360°の視野を。」
これは県大会で小さなミスをして演奏中に涙してしまったHのひとこと。
「迷ったらchallenge!!」
これは娘のひとこと。
娘に、これ、顧問の教えぢゃない?聞いたら、やっぱりそうだった。
最後の最後にこういった言葉を選んだということで娘たちの部活で培ったものの大きさがよくわかる。
この三年間の中で
自分の土台となる土にたくさん、たくさんの肥料をしっかりと蒔けたんだろうなと思う。
そのたくさんの肥料が詰まった土台で、これから更にどんどん成長していくんだろうなと。
途中、しおれそうになることも多々あるだろう。
でも大丈夫。
一番多感な大事な時期に、きちんと肥料を貯めることが出来ているんだから。
それでも肥料が足りなくなって、しおれそうになった時は
一緒に泣いてそして笑って
またみずみずしさを取り戻して更に育ていって欲しいなって。
子供たちに負けない、そんな力のあるあたしでありたいなと。
子供たちのこの物凄いパワーを感じながら、あたしもパワーをもらっているんだなって。
深く関わった先生たちと一緒に卒業。
淋しさもあるけど
一緒に卒業できたことが
すがすがしくもある。
保育園から中学校までが田舎のため、他校とは交わらずのエスカレーターだった子供たち。
これからみんなバラバラになり、自分の選んだ道に進んで行く。
ガンバレょ。
頑張ってね。
卒業おめでとう。
あなたはあたしの誇りです。