謎の白っぽい何かが出て来た2日後。

今度は、トイレに行った際にまた何かが出ている事に気がつきました。

 

今度は前回のような紐状ではなく、丸っぽい状態でした。

 

今回も、わざわざ看護師さんやお医者さんに見せるほどのものなのか悩みましたが

結局は相談することにしました。

 

後日の診察で、お医者さんからは

 

「羊膜状(?)のものが出てきたようですが、胎嚢かどうかは判断つきません」

 

と言われました。ちょっと残念。

 

 

でも、嬉しい事もありました。

 

HCGがかなり低くなってきたので、もう一度

MRIを撮影しましょうという事になりました。

胎嚢付近の血管の状況を確認するようです。

MRIの結果が問題なければ、退院の時期を検討しましょうということでした。

 

入院生活も、もう20日超え。

もういい加減、家に帰りたくて仕方がない!ので、

MRIの結果が、どうか良い結果でありますように照れ

誕生日の2日後の事。

この日は、朝から採血と内診がありました。

 

採血の結果、HCGは順調に減っていました。

一時期11000以上ありましたが、この日の結果は500以下に。

 

そして、内診で胎嚢の様子を確認すると

もうほとんど見えなくなっていました。

 

お医者さん曰く、

 

私たちは元々ここに胎嚢があった事を知っているので

”これかな?” と判断できますが、そのことを全く知らない医師だと

これが胎嚢かどうかを判断することはできないと思います。

 

ということでした。

 

また、どうやら今回の私の場合は

胎嚢や赤ちゃんの組織等が出血とともに排出されるタイプの流産ではなく、

吸収されていくタイプのように見える(?)という話も聞きました。

 

気になってwebで調べてみると

週数が早い段階での流産の場合、赤ちゃんが自己融解を起こして

子宮に吸収されるケースがあるようでした。

 

そっかぁ、赤ちゃんは私の一部になったんだね。

それならば、少し嬉しい・・・のかな?

 

 

ただ、頚管妊娠はどのタイミングになっても大量出血のリスクがあるので

もうしばらく入院して様子を見ましょうという事になり、診察は終わりました。

 

 

その日の夜の事。

 

 

シャワーを浴びて、タオルで体を拭こうとしていた時でした。

太ももに、ぬるっとした感覚がありました。

出血はずっと続いていたので、

 

あぁ、また血がでてきたのかな?

 

と思い、洗い流そうと見てみたところ、

白っぽい何かが出てきていることに気がつきました。

 

 

もしかして胎嚢が出て来た・・・!?

 

 

慌てて手のひらに取り、よく見てみましたが・・・

正直、それが何なのか分かりませんでした。

 

私が引っ張ってしまったせいかもしれませんが

袋状ではなく、細長い紐状で、

例えるなら鶏の皮を薄く細長く切ったような見た目でした。

 

一瞬、オリモノかな?とも思いましたが

妊娠してからのオリモノはずっと透明なゲル状でしたし

その物体以外はいつものオリモノだったので

オリモノ以外の何かだと私は判断しました。

 

慌ててシャワーを浴び終わり、自室に戻って

ティッシュの上に乗せたそれをよく見てみましたが

素人には判断できないと思い、ナースコールをしました。

 

看護師さんに事情を話すと

「先生に確認してもらっておきますね」という事で

ティッシュごと持って行かれました。

 

この日は少量の出血以外に何か出てくる事はなく

出て来たものの正体が気になりながら就寝しました。

メトトレキサート投与直後は、重い生理痛のような痛みと

生理2日目よりは少ないかな?程度の出血が続いていました。

 

ロキソプロフェンを1日に3回程度飲み、電気湯たんぽでお腹を温めながら過ごしました。

 

いつ出血が増えるのか、いつ胎嚢が出てくるのかと

毎日心のどこかで考えながら、不安な状態で過ごしていましたが

1週間ほど経っても胎嚢のようなものが出る事はなく、出血も少なくなり

徐々に痛みも引いてきました。

 

そして1週間が過ぎました。

 

その日は私の誕生日。

家にも帰れず、外出もできない私のために

主人がケーキを買って来てくれ、お祝いしてくれました。

 

主人と二人でケーキを食べながら、ふと、考えました。

 

「赤ちゃん、もしかして私の誕生日を一緒に過ごしたいって思ってくれたのかな・・・」

 

赤ちゃんの出産予定日は来年の7/1でした。

誕生日は変わってしまうけれど、必ずまた会おうね。

次はちゃんと、誕生日をお祝いしようね。

 

 

最近は退院したくてたまらない状態です。

飼っている猫たちにも会いたいし・・・

 

でも、頚管妊娠の場合、どのタイミングになっても大量出血のリスクがあるらしく

お医者さんからはもうしばらく様子を見させてくださいと伝えられました。

 

 

通常の流産の場合は、掻爬手術という選択肢もあるようですが

頚管妊娠の場合、手術をすることによる大量出血のリスクがあり

掻爬手術で大量出血したら、何の為に今まで待ったのか分からなくなるという事で

なるべく自然に出てくるのを待ちたいとのことでした。

 

ただ、HCGの値は順調に下がってきているとのことで

経過はとても順調とのことでした。

 

 

子宮摘出や、大量出血で死ぬという可能性は少なくなってきたのかな?

 

 

そろそろ、あまり出血することなく胎嚢がでてきてくれたらいいなぁ。

1回目の抗がん剤(メトトレキサート)を投与してから7日目。

この日も、朝から採血がありました。

 

採血の結果が出るのを待ってから内診がありました。

HCGの値と胎嚢の状況から総合的に判断し

3回目の投与はせず、このまま様子を見るという事になりました。

 

抗がん剤投与前は11300ほどだったHCGは

この日、3000程度まで落ちていました。

こんなに下がるものなのかと、とても驚きました。

 

内診で確認した胎嚢は、以前のように

黒い穴がぽっかり空いているように見える状態ではなく

全体的に白っぽくなり、見えづらくなっていました。

赤ちゃんの組織は完全に見えなくなっているように感じました。

 

お医者さんからは

HCGが順調に下がっているので経過は良好ですが

まだいつ大量出血がおこり、危険な状態になるか分からないので

もうしばらく入院を続けるよう、伝えられました。

 

なので、もうしばらく入院生活が続きます。

 

 

この頃になると、気持ちの変化が出て来たように思います。

諦めがついたと言えば良いのか・・・

これが最善の治療だったんだと思えるようになったというか・・・

夜に眠れず、昼間はずっとウトウトしているような状態で

しょっちゅう泣いているような状態ではなくなってきました。

そして少し、前向きに考えられるようになりました。

 

私にとって、治療中の心の支えになったのが

主人と、不妊治療を受けている病院に凍結している胚でした。

 

抗がん剤を使用した場合、次の移植周期に入るまでに

どのくらいの期間を開けなければならないのかは分かりませんが。。

 

 

早く退院して、次の卵を早くお迎えに行けたらいいな。

次はちゃんと子宮の中に着床してくれたらいいな。

今度こそ、元気な赤ちゃんが抱けたらいいな。

 

そのためにも、お腹の中の赤ちゃんが早く自然に出て来てくれたらいいなと考えていました。

表題の通り、主人が倒れてしまいました。

 

私が入院してからというもの

毎日昼間にお見舞いに来てくれていました。

 

そして家に帰れば、飼っている猫の世話をしながら

仕事(主人は在宅ワークです)をしつつ

ネットで抗がん剤の影響や頚管妊娠について調べたりしていたらしく

睡眠時間がとても短くなっていたようです。

 

そして

私の容体が急変し、病院に呼び出される可能性があったので

電話が鳴ればすぐに起きれるよう気を張っていて熟睡できず

疲労が溜まってしまったのでしょうね。

 

出血が続いており、いつ大量出血を起こすか分からない私は

退院の目処も立っておらず、一時帰宅もできません。

看病できないのがとても申し訳ない。。

 

早く家に帰りたいな。。

メトトレキサート(抗がん剤)投与から3日目。

 

この日、血液検査と内診がありました。

血液検査の結果次第で、追加の抗がん剤を投与するか

判断することになっていました。

 

朝イチで採血を行い、数時間後に結果が出てから内診へ。

 

内診を担当してくださったお医者さんからは

 

「赤ちゃんの活動性が見られなくなりました」

 

と伝えられました。

 

赤ちゃんの拍動が止まった事を

オブラートに包んで伝えられたのだと感じました。

 

 

あぁ・・・

 

こうなることは分かっていたけれど

選択したのは自分だけど

こうならないと、自分の命が危ないのも分かっていたけれど

主人は、「これでよかったんだ」と言ってくれたけれど

 

やっぱり悲しくて

とてもとても辛くて

素直に喜ぶことができませんでした。。

 

 

血液検査の結果

投与前は1万をオーバーしていたHCGは

投与後、ほぼ横ばいの数値となっていました。

 

これらの結果から、メトトレキサートはしっかりと効果を表しているが

もうひと押し、HCGをしっかり下げたいということで

2回目の投与が決まりました。

 

 

前日からの出血については

 

流産に向かっているのでしょう

 

という事でした。

 

 

頚管妊娠の場合、怖いのはここからで

大きな血管が近くにあるため、妊娠によって異常な血管が発達しやすく

流産の際にも大出血を起こす可能性があるとのことでした。

 

機械的に赤ちゃんを取り出す方法もあるそうですが

(つまり手術をして赤ちゃんを取り出すということ)

頚管妊娠の場合、機械的に行う方が出血の量が増える恐れがあるため

できるだけ自然に流産した方が良いので

しばらくは様子を見ましょうという事になりました。

 

そして

 

出血が始まったため、大量出血に備えて

 

・血液型の詳細な検査

・輸血同意書への記入

 

をこの日行いました。

 

明日なのか、1週間後なのか、いつになるかは分かりませんが

流産がいつ起きても良いように、準備が始まりました。

抗がん剤のメトトレキサートを投与した当日は

特に何も変化はなく過ごしました。

 

■投与の翌日

朝起きると、少し胃がムカムカしているような気がしました。

ただ、それが抗がん剤の影響なのか、ストレスの影響なのかは

判断つきませんでした。

 

そして、夕方頃から「ごく軽い生理痛」ような痛みが始まりましたが

我慢できないほどのものでもなく

何かに集中していると忘れてしまう程度の痛みでしたので

特に何も対処することなく過ごしました。

 

■投与から2日目

前日と変わらず、軽い腹痛は続いていました。

夜になると、腹痛が「生理二日目程度の痛さ」に変わりました。

トイレに行くと、ナプキンには僅かに血が付着していました。

 

それほど出血はないかな?

 

と思っていましたが、ティッシュで拭くと

「生理1日目の多くなってきたあたり」程度の血が付着していました。

 

出血や痛みが出たら伝えるようにとの事でしたので

ナースコールで看護師さんを呼び、状況を伝えました。

すると、お医者さんに伝えてくださり、診察に来てくれました。

 

お医者さん曰く、

 

出血量が少ないから、

・薬が効いて赤ちゃんの組織が剥がれてきてる

・薬が効かなくて赤ちゃんが成長している

のどちらも考えられて、今のところ判断がつかない

 

との事でした。

 

日曜の夜遅い時間でしたので、これ以上の診察は受けられませんでしたが

「痛いままだと辛いだろうから」と

鎮痛剤のカロナール2錠を処方してくださいました。

 

薬を飲んだ事で痛みは落ち着きましたが

これから起きるかもしれない大出血が怖くて怖くて

この日は明け方5時頃まで、眠ることができませんでした。

現在の私は、緊急入院してから12日ほど経ちました。

入院初日からずっと、個室で過ごしています。

 

最初は大部屋が埋まっていたため、強制的に個室でした。

希望を出せば大部屋が空き次第移動できる、ということでした。

 

ですが、どうしても大部屋に移動することができません。

お金がとてもかかりますが、どうしてもできません。。

 

 

というのも・・・

 

 

入院したのは大きな病院の産婦人科。

当然、お母さんと赤ちゃんが入院していたりします。

 

そして、小さな子供がお見舞いに来ていたりします。

 

なので、昼も夜も、子供や赤ちゃんの声が廊下に響いています。

個室にいても、その声が聞こえてきます。

 

これが、正直とても辛い。

 

大部屋だったら、もっと聞こえてくるだろうと思うと

どうしても大部屋への移動希望を出すことができずにいます。

 

賑やかなバラエティ番組をPCでずっと流すことで

極力声が聞こえないよう工夫していますが

寝る時まで付けているわけにもいかず。。

 

寝ていると、夜中に何度も赤ちゃんの

大きな泣き声が聞こえてきます。

聞こえるたびに目が覚めて、眠れなくなって

ようやく眠れては赤ちゃんの声が聞こえて起きての繰り返し。

 

昼間は昼間で、お見舞いに付いて来ているのであろう子供が

廊下を走り回ります。

 

きっと、いろんな事情で入院しているお母さんや赤ちゃんもいるのでしょう。

分かってはいるんです。

 

だけど、心の中で、いろんな事を考えてしまって

赤ちゃんの声を聞きたくない!と思ってしまう。

そんな自分がとても嫌で

子供が大好きだったはずなのに、どうしてこんなイライラしてしまうのか分からなくて

どんどん自己嫌悪に陥ってしまいました。。

 

 

個室でもこんな状態なのだから

大部屋に移動したら、心が完全に壊れる気がしています。。

 

 

主人に辛い気持ちを正直に話しました。

そして、自分の貯金から出すから、退院するまで個室にいさせてほしいとお願いしました。

 

主人は

 

気にせず個室を使うといい

 

と言ってくれました。

今はありがたく、その言葉に甘えています。

抗がん剤(メトトレキサート)投与のスケジュールは

以下のように決まりました。

 

■1日目:最初の投与(メトトレキサート50ml)

■4日目:血液検査の結果次第で2回目の投与

■7日目:血液検査の結果次第で3回目の投与

 

 

投与1日目の朝、念のため内診がありました。

・・・赤ちゃんの拍動が確認できたようでした。

お医者さんは気を遣ってくださったのでしょう。

エコー写真を見ることはありませんでした。

 

頭では理解できていて、仕方がない事だと分かっていても

ボロボロ涙が出てきてしまい

付き添いにきてくれた主人が、ずっと頭を撫でていてくれました。

 

 

病室でしばらく待っていると

先生と看護師さんがメトトレキサートを持ってきてくれました。

お二人とも、恐らく防護用のものであろう

使い捨てのエプロンをつけていらっしゃるのを見て

抗がん剤は危険なものなんだなと改めて思いました。

 

癌で闘病されている方のブログ等を見た事があったので

抗がん剤は点滴で投与するというイメージがありました。

ですが、今回私が投与された量は50ml。

点滴ではなく、注射器での投与でした。

 

そして、静脈注射ではなく筋肉注射。

二の腕のかなり上の方へ投与されました。

 

私はかなり痛みには強い方なのですが

液体が注入される時は結構痛みが強く感じました。

注射自体はあっという間に終わりましたが

しばらくの間痛みが残りました。

 

ごめんね、ごめんね

また戻ってきてね

今度は子宮の中にくっついてね

次にまた会えたら、無事に産まれてくれたら

全力で愛するからね

 

 

看護師さんからは

 

他の治療に比べてメトトレキサートの投与量はとても少ないので

恐らく副作用はそれほど出ないと思いますが、それでも

口内炎ができたり、出血が増えたり、強い腹痛がおきる事があるので

もしこのような症状がでたら、すぐにナースコールで教えてください。

 

と伝えられました。

 

 

幸い、この日は特に副作用等はなく

面会時間ギリギリまでいてくれた主人と二人で

持ち込んだPCで映画等を見て過ごしました。

先週の木曜日のこと。

 

起きてすぐ採血をした後、MRIを撮影しました。

 

造影剤の影響か、磁気の影響なのかはわかりませんが

撮影中、お腹の子宮付近であろう部分がほんのり暖かくなりました。

 

 

赤ちゃんの近くを集中的に撮影しているんだろうな

この暖かい部分に、赤ちゃんがいるのかな

 

 

そんな事を思いながら狭い機械の中で目を閉じていると

採卵の事、凍結確認の事、移植の日の事、検査薬を初めて使った日の事

いろんな事が次々と思い出されました。

 

検査が終わった後、朝の採血結果とMRIを踏まえて

やはり抗がん剤を使った方が良いという事の説明を受け

翌日、投与することが決まりました。

 

 

そうなってくると、流石に、両親に報告しないわけにはいきません。

 

 

両親には、妊娠したことも、入院している事もまだ話していませんでした。

ぬか喜びさせる事になるといけないからと、主人と話し合って

妊娠4ヶ月を過ぎたら伝えようと決めていたのでした。

 

 

妊娠している事だけを先に伝えると、喜ばせた後にガッカリさせてしまう事になるので

最初から「子宮外妊娠してしまった」と伝えました。

 

そして

 

実は先週土曜日から入院している

子宮頸管という、出口付近に着床してしまった

このまま赤ちゃんが無事に育つ事はない

子宮頸管には太い動脈が通っている為、止血できない大量出血を起こす可能性がある

そうなると、子宮を摘出しなければならない事態になる事がありうる

それでも出血が止められない場合、私も死ぬ可能性がある

 

それを避ける為に、抗がん剤を使って赤ちゃんの成長を止める事になった

明日、投与することになると思う

 

という事を、なるべくゆっくりと説明しました。

 

分かってはいましたが、両親はとてもとても動揺したようでした。

中でも、母の動揺はものすごく大きいようでした。

 

・・・というのも、今から20年以上前のこと。

母の父(私にとっての祖父)に癌が発覚し、抗がん剤を投与した翌日から

突然寝たきりになり、そのまま植物人間状態になって亡くなったという事がありました。

よほど体に合わなかったのか、何か事故があったのか、今となっては分かりません。

そういう事があったので、母は抗がん剤に対して物凄く拒否反応を示していました。

父に対し

「自分が癌になった場合は絶対に抗がん剤の投与はするな」

と繰り返し伝えていたくらいです。

私が祖父のようになってしまうのではないかと心配したようです。

 

何故子宮外妊娠で抗がん剤を使わなければならないのかと、母は尋ねました。

 

私の理解が正しいかどうかは分かりませんが

・抗がん剤は、細胞分裂が活発なところを攻撃する

(癌は細胞分裂が異常に活発)

(抗がん剤を使うと髪の毛が抜けるのは、毛根は細胞分裂が活発なせい)

・赤ちゃんは細胞分裂が活発なため、抗がん剤が効く

という事を伝えました。

 

それでも、母の動揺は治らず

抗がん剤を使う事が心配だと繰り返しました。

 

 

心配なのは分かるけど、抗がん剤を使わなかったら

赤ちゃんが成長して子宮が破裂して、子宮摘出しなきゃいけない可能性が

とても高くなる。

最悪死ぬかもしれない。

早めに対処しないと、とても危ない状況なんだって。

 

それに、抗がん剤と言っても色んな種類があるから

おじいちゃんが使っていたものと同じではないと思う。

今と20年前じゃ技術も違うし、大丈夫だよ。

 

と伝え、なんとか理解してもらえました。

 

 

 

両親には、あまり弱っているところを見せたくなかったので

 

今回はしょうがないよねーでも大丈夫!

治療を早く始めれば、きっとなんとかなるから!

今回は心配かける事になって申し訳ないけど、また次頑張るからねー!

 

と、極力明るく伝えました。

 

しかし、母には

 

あんたは昔から強がるから、本当はとても落ち込んでるのを

我慢してるんじゃないかと心配よ

無理しないで

 

と言われました。

 

大丈夫だよーと最後まで強がり通しましたが

やっぱりバレるんだな、親ってすごいな と、思いました。

 

 

電話が終わった後

病室で、一人で泣きました。