お立ち台の歴史を、ふり返ってみよう。
なぜ、あんなところに女の人が登るようになったのか?
一番最初は、ミナミのマハラジャのラストが発端ではないかと思われる。
営業中はお客さんが踊っているフロアだが、ラストは黒服の子たちが順番にダンスを披露する場になる。
そのとき、お客さんはフロアにいると邪魔になるので、全員でフロアを囲んでいる腰高くらいの場所に登って、盛り上がるというスタイルができあがっていた。
基本、よじ登るという形のお立ち台であったが、決定的に変わったのは祇園マハラジャ。
お立ち台前提で、最初から階段が設置されていたのだった。
今から考えると、成田社長の手腕は凄かった。
祇園マハラジャのオープンにさきがけて、美人が集中している神戸の女子大の子たちにインビテーションカードをばらまいた。
おそらく、名簿を手に入れたのではないかと思う。
その効果たるや、オープンの日のお立ち台は圧巻だった。
選りすぐりのキレイな子たちが、お立ち台を占領していたのだから。
京都まで距離はあるけど、友だち全員チケットをもっていたら、遊びに行こうって話になるでしょ?
でも、あの頃の女子大生たちは上品さを保っていたな~。
踊り方も控えめだったし、スカートの丈も短すぎることもなかったしね。
つづく。