毎年春バラの季節になると
バラたちの鉢の水の管理の他に
もうひとつ
お決まりの作業が始まります。



「ジェヌヴィエーブオルシ



それは


バラの花びらの中に潜り込んでいる
バラゾウムシを
バラから落とすこと。





「アンジェラ」

まだバラを育て始めたばかりの頃


バラの花を蝕む虫の駆除を
どのようにしたらよいのか?と
バラの展示会の会場で
スタッフの方にお尋ねし習った方法は

ペットボトルに洗剤水を作り
そこにポトポトと
バラゾウムシを落とすというもの。

そうして殺して行けば
毎年少しずつ数が減り
被害が少なくなってくると聞き


ごめんなさい(•́_•̀٥)
と、思いつつ
バラたちを守る為には
仕方のない作業だと思いながら

ペットボトルの中へ
ポトリポトリと落としていく作業


でもそれは
気分の滅入る作業

たった今まで
力強く生きていた命が
洗剤水の中でもがき絶えていきます。

でもその作業をしなければ
バラゾウムシはどんどん増えて
そしてバラは
無残な姿になってしまいます



『粉粧楼』


バラゾウムシの命と
バラの命

本当は比較すべきではない
同じ命です。

でも私は自分にとって
大切なバラのために
虫の命を
どれだけ奪っているのでしょう。


そんな
バラゾウムシの駆除作業が
気持ちを暗くしていたから
出会えたのかもしれない一冊






TSUTAYAさんで
この本を手にとった時に
迷わず読んでみたいと思いました。

これから先は
この本で私が心に響いた頁の
言葉です。



『生命は皆、同じです。昆虫も人間も
全く同じ衝動で生きています。
まとめて言えば

「生きていたい」という渇愛と
「死にたくない」という恐怖感です。
これが生命の本能です。
生きることの支えになるものは、
なんでも好きになります。
自分の生きることに邪魔になるものは
全て嫌になります。
本能のままで生きていると、
成長もありません。』



「エウリディーチェ」




『殺すなかれ』

『人間の脳は、動物の脳より
発展していますが、
その発展している部分は
原始的な古い脳に管理されています。
だから
人間の心の中でも、
いとも簡単に他の生命を
殺す衝動が起こるのです。


我々は他の殺人等に対しては
大騒ぎしますか、
漁師が大量の魚を殺すことに対しては
罪を感じませんし、
なんの躊躇もなく殺虫剤を撒き散らします。

家にゴキブリがいたら
燻煙剤(くんえんざい)をたいて
無差別に虫たちを殺します。
そしてそれらは
人間の命を守る為に
やって良いことだと正当化します。

それならライオンが人間を襲って食べても
悪いことにはならないはずです。

なぜならライオンは
自分の命を守るために
餌を食べているだけなのですから。
餌を食べて何が悪いのでしょうか。
しかし、
人間はこの理屈を認めません

ようするに私が言いたいのは
殺傷をする気持ちは
人間にも動物たちにも
平等にあるということです。

人間の脳も、動物と同じく
原始的に管理されているのです。

中略

ですから思考を使って
気持ちを実行する前に抑えておくのです。
殺したいという本能が起きても、
殺さないということに決めるのです。』



洗剤水に落として
殺さなくても

ペットボトルに落として
湖畔等の自然の中に
移動してもらえばいいこと
その手間ひとつで
バラを守りながら
命を絶たなくてすむ

もっと早く
そうし始めるべきでした。

でも殺さないと決めた瞬間
気持ちが軽くなりました。


身勝手な自分の中の価値観によって
他のいのちを
差別したり
おろそかに扱う行為は

自分にとって
どのような理由があっても

こころがその罪を知っているから
気持ちが辛くなるのでしょう。



確か他の本でも
読んだことのある言葉

全ての生き物は死にたくない

と思っている




「ザポエッツワイフ」

そういえば父は

部屋に私の嫌いな虫が入ってきて

助けを求めると、いつも

紙でそっと捕って

外へ逃がす人でした。



私は凡夫ですから

著者のようにはなれませんが



いのち

大切にしたい


心から思いました。