こんにちわ。


いつもありがとうございます^^


今日は昨日ふと、思ったことです。


過去の私へ


この世の中に私を認めてくれる人は存在しない。


この世の中に私の全てを受け止めてくれる人は存在しない。


いつか誰かがなんて、そんな夢見たいなことを思うのをやめよう。


私は私のことですら、認められていないのに。

そんな私を誰が認めてくれるだろうか。


痛い、痛い、痛くないよ、大丈夫、傷ついてないから。

平気なふりが上手くなったね。

喜んでいいことじゃないけれど。


誰かに認められたくて、人は生きてる。

望んだ結果でなければ、喜べない。

少しのミスも、許されない。


楽になりたい。楽しく毎日を生きたい。

そういう本音。そんなことすら言えない。


言葉にすれば

ただ、虚しいだけ。寂しくなるだけ。

変えられない現実に、またうなだれるだけ。


全てに絶望してから、前を向くまでに、何年、何十年かかるのだろう?


それは、心にヒビが入った分だけ、何度も壊れて、それが積み重なった痛み悲しみの分だけ

降り積もったものが重いほど、時間がかかる

平気にしていても涙が出るのは、身体が心が、

泣いている証拠。



心と身体がバラバラの証拠。

言いたいことすら言えずに、我慢する。

私が我慢すれば良い。解決する。


なにも解決してないの、だって私は苦しいままだ。私だけ終われないままだ。


もう。期待はしないと言った、他人に。

それは自分を守るため。

本当はなんて言ったら嫌われるでしょ?


でも、私は、嘆いて悲しんでばかりで、認めてもらえる努力をしてこなかった。

私は私の全てなど知らなかった。


それでも、全てを受け止めてもらいたかった。でもそんな努力もしてなかった。


自分で自分の全ても受け入れられずに、

認められずに、知らずに、何ができるだろう??


世界は広いって言うけれど、この世界で私は何になれるのだろう?


ここで、何者にもなれない私は

卑怯で、臆病もので、エゴばかり言う

ただの人間で。


誰かの役にも立っていない。


役に、立とうともしていない。


だって、私は私の環境を生きるのに精一杯だし

そんなことにかまってられない。


余裕がない。


未来が怖い。笑って過ごせる未来は来るのかな。明日、全てを失ったらどうしよう。

私は、期待を捨て、希望を捨て、ただがむしゃらに虚しく働く。


自分に対する言い訳がどんどん上手くなっていく。それだけがすぐにできることだ。


そんなのおかしい。

逃げてるだけだ。


そこに笑顔はなかった。


だからこそ、期待はせずとも、夢と希望を見いだす努力をしているのかもしれない。


夢と希望と楽しいことを探す。


信じろ、未来は変えれる、いつか必ず、

笑って過ごせる日が来るから。


大丈夫だよ、心配しないで、

でも、幸せになる努力をしよう。


幸せになることを、諦めないで。

お願いよ。過去に何があろうとも。

それはもう過去の話なんだ。


あまりにも、認められない、満たされない日々が続くと私たちは、おかしくなってしまう。


誰も私を見てくれないなんて、わかってくれないなんて、なんてひどい世界なんだって、

思ってるでしょう?


この世の全てが残酷に映る。


たとえここが、地獄だとしても、地獄にいることすら気づかずにただ這いつくばっている。

ただ何かを待っているだけ。


這い上がることができなくても争い続けろ、幸せを掴み取りに行かなければ何も変わらない。


笑うことすらできなくなってしまうから。


だから。もう、誰かにすがりつく人生は、終わりにしよう。誰かにすがりつかなくても、生きていける。助けてくれる人を待つ必要はない。


すがりつかずに、自分の足で、立ち上がるのは

とても怖いことだ。


怖い。とても怖い、だけれど、そうしなければ、あなたは自分の人生を見つけられない。

楽しく生きていけない。

わかるでしょ?


忘れないで、あなたは、誰かにすがりつかなくても、1人で立ち上がって歩いて行けるということを。


さあ、立って。

自分の足で未来を歩こう。











こんばんわ。

いつもありがとうございます^ ^

ところで、



神様を信じていますか?

宗教勧誘ではありません笑笑


今日は神様について


神様は不公平だ

越えられない試練は与えられない

と、言うけど、それ、越えられなかったら

どうするの?


死にたい時に死ねなくて

生きたい時に死を近づけてくるの

やめてもらっていいかな


そんなことを思っていた。

ずっとずっと、思っていた。


大人になって、自分がただ苦しくなったら

恨んでいたのかもしれない。


本当に、誰かのせいにしたかった。


でも、全部自分のせい。


この状況も全て自分が作り出したもの。


神様は、口に出した言葉通りの現実を作り出す。

これは、小林正観さんの教え。


神様に愛されている人は、全てがうまくいく

運が良く、楽に生きられる。


祈る気持ちで、ただ、無心で、信じれば

いいのか。


辛いことも、苦しいことも全部

神様のせいにしてしまえば楽だけど。

長くは続かない。


たとえ、一瞬逃れられたとしても、

自分と向き合わなければなんの解決にもならない。


私の人生、後悔しかないと思っていた。

年を重ねれば重ねるほどに、あの時ああしていればと、思ってしまう。


思い返してしまう。

そうして自己嫌悪に陥って、自分を嫌ってしまう。


不平不満、愚痴を繰り返す。

すると、神様はその状況と同じ状況をまた作り出す。口に出した言葉通りの現実を。


幸せだ。と、口に出して言ったことが

あったっけ?

心から楽しかった!って、声に出して言ったのは

高校の時くらいかな?


信じるものがない時、人に絶望したとき、

ふと、神様を信じた。助けて欲しかった。


自分よりも他人よりも

本に書いてあることを信じた。


未だに人を信用できないのは、何回も裏切られてきたからだ。


信じてるフリをしているだけだ。

内心は臆病者で、もう傷つきたくないだけだ。


もしくは、

他人を信用できないのは自分が1番正しいと思っているから?


神様は私をどうしたいのだろうか。

私は神様に何を求めているんだろうか。


誰かを信じることが難しいなら、神様でも信じてみようか。

心から、祈ってみようか。

ただ、ひたすら、無心で。


どんな嫌なことを言われても、全ての事象を感謝に変えたい、感謝します。と、心の中で思ってみた。


すると、少しだけ楽になった気がする。

瞑想みたいな感じなのか、感謝することが

できるようになってきている。


何かを信じることに、意味があるのなら

心からの祈りが自分を救うのかもしれない。




























こんばんわ。


いつもありがとうございます^^


今日は期待している、という言葉について



相手に何かして欲しい時、

私たちは期待する。



ああしてほしい、こうしてほしい、

こうしてくれたら嬉しい…



でもそんなこと、言葉に出さない。


察してやってほしい。

言わなくてもわかるでしょ。


期待を裏切られたその瞬間、それは怒りに変わる。

絶望になる。


落ち込む。

期待したのは自分で、相手がそれをしてくれなかったから落ち込んで、結局また、ため息をついて

「全部お前のせいだ」って、

相手のせいにする。


どうしてこうしてくれなかったんだ!

期待しても無駄だとわかっているのに。


例えば、声に出して言ったとして、期待したとしても、

相手が一向に変わらなかったら、裏切られたと思ってしまう、変わらない相手を責めてしまう。


こんなに何度も言っているのに!


人間は、期待した分だけ損をするようにできているのか。

期待することは悪いことなのか。


どんなに思いの丈をぶつけたって、

相手が変わらなかったら無駄じゃないのか。

そう簡単に相手の性格を変えることはできない。

同じように、自分を変えることもまた難しい。


でも、期待をすることをやめる、ことはできる。


言わずして、

どうして私のことをわかってくれないんだ!

もっとこうして欲しいのに!

ああ!思い通りにいかない!


という思いも、全部やめてしまおう。


やめることも、難しいけれど。


期待しない。


相手に何も求めない。


そうすれば、期待していなかったことをしてもらえたときに、少し得した気分になる。

嬉しくなる。


でも、自分の欲と戦うのは結構大変だった。

常に意識していないと、また期待をしてしまう。



でも、


「あなたには期待していません」

「大丈夫、期待してないから」


面と向かってそう言われると、何故だか悲しくなる。 

ありがたいけど、悲しい言葉。


私は期待されていない。

その程度なんだ、と。


それは、裏を返せば、期待することをやれば

喜んでもらえるということなのか。


期待している、という言葉は

相手を傷つけることもある

嬉しくさせることもある。


本当は、あなたに期待している。


そう、言って欲しかったのかな。

そう、言いたかったのかな。


相手への期待を、

我慢している自分に少しは、期待してあげても

いいかな?


私は私のこれからに、期待しよう。









 



















こんばんわ。


いつもありがとうございます^^


今日は、最近思ったこと

ちょっとだけ

意識していたこと、について


私はちょくちょく自己啓発本や

成功した人の本とか

人生のアドバイス本みたいな本を読むけど、

その中で


「今日が人生最後の日だったら何をするか」

「今日が人生最後の日だと思って毎日生きよう」


とか言ってるのを、よく目にする。

そう思えば、今までとは違った生き方ができる。


へえ〜そうなんだ。


あのスティーブ・ジョブズでさえ

「もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当に自分のやりたいことだろうか?」


そう自分に問いかけて、毎日を選択してきた。

そして、答えがNOなら何かを変えなければいけなかった。


わかった。よし、やってみよう!


きっかけはスティーブ・ジョブズの本だった。

いわゆる名言集。


その日から、今日が人生最後だと思って生きてみた。

今日が人生最後、なにをするか、なにがやりたいか。

今日が人生最後なら誰と会うか…


……






うううううん!!!!


無理!!!、!


無理だっッ!!!!!?


( ◠‿◠ )


なんかいつもの日常しかわからん!!

なんかモヤモヤする!!

選択することの選択がないというか、常に迷ってる!?


そもそも何を選択したらいいんだ!?

今日が最後の日だと思って生きた、気分になってるだけで。


気持ちが全然追いつかない。


頑張った期間、わずか3日( ◠‿◠ )


何も得られなかった。


というより、どうすればいいかわからないというか

いつもの日常生活で満足していたのか?


いや、いつもの日常生活しか思い浮かばなかった。


やりたいことも成し遂げたいこともたくさん

あったはずなのに。


おかしい。どうしてだ。


それから、数年経ち、現在。


またそんな言葉を思い出して、

すっかり忘れていたけど。

そんな言葉をみかけたから。


やはり、何も感じないというか。


そしてつい最近私に起こった出来事。

よくある体調不良。


う…なんか今日も体調悪いな。

貧血か…?


いつにも増して、体調の悪さを感じる。

出かけることすら、立つことすら

辛い。

横になっているのに、一向に起きられない!

おかしい…

起きられない…!


大袈裟かもしれないけど、呼吸するのも苦しい…


あれ…


やばい…やばい





あした、

目が覚めなかったらどうしよう…


突然、そんなことを思ってしまった。


死ぬほど体調悪かったみたいだ。


でも、死ぬほど体調悪い中で考えていたことがある



あ。そうか。

明日死ぬっていう実感がなければ、

今日が人生最後だなんて思えないよな。


明日自分が死ぬわけがない、いつも通りの日常が、当たり前の毎日がやってくることを、知っている。

だから、実感が湧かないし、そう思えない。


え。体験してない人が名言言ってたとしたら

とてもすごいことじゃん。

想像力豊かすぎでしょ。



体験、してるのかもしれないけど、


でも、自分も少し、体験したかも。


あ。死ぬ。って,思った瞬間に

初めて’’今日が最後の日’’だったら、って

考えて思って実感した。


たった一瞬だったけれど。


いやいや、こんな終わり方は嫌だッて

さすがに思った。


これは、体験しないと、無理だわ。

いくら有名人が本で語ってくれていたとしても

身にしみてないし、理解できない。


頭の中で体験できる人はいるのかもしれない

でも、私は気持ちが追いつかなかった。

わからなかった、数年前までは。


そんなことを体験してしまったもんだから、

次の日からは何故か

"今日が人生最後の日だったら“という言葉が

スッと頭と心に入ってきた。


もちろんすぐに体調が戻るわけなく、出社したわけだが、

今日がこの人と会う最後かもしれない

今日がこの人と話せる最後…

最後なのに、感謝も伝えず、いつもみたいに

不機嫌な態度でいいだろうか?


笑って話を聞けているだろうか。

今日、感謝を伝えただろうか。

LINEでもメールでも、伝えたい人に

感謝を、愛を、伝えることはできただろうか。


会社のみんな、ともだち、家族に

どんな言葉をかけるかな…。


そんなことを一日中思って過ごすことができた。

これは進歩だ。


良かった。

感謝することができた。

ありがとう。

何故か心からそう思えた。


うん。あの死ぬほど体調悪くなったおかげ。


感謝も同じだ。

そんな状況にならないと、感謝もできない。


そんな状況を経験したから

ありがたみを感じる。


驚いた。


私に明日は来ないかもしれない。

だとしたら、今日、好きなことやらないと損だ。

最高に幸せだって、思いながら眠りにつかないと損だ。


私は笑って永眠したいんだ。

やり切りたい…。


でも、死ぬほどの体調不良が毎日続かない限り、

この想いは消えていってしまう。

忘れていってしまう。



だから、残す。ここに。

忘れないように。


ここは、私の気持ちを吐き出す場所。

唯一、本音を出せる場所。

思いの丈をぶつけられる場所。


愚痴みたいになってるかもしれない。

それでも、


そんな私のblogを見に来てくれて、

読んでくれてるみんなに心から感謝します。

ありがとう。





























こんばんわ。

いつもありがとうございます。


ふと思ったことをblogに書いています。

私事です^^


今日は、笑顔について。


生きていると、ふと思うことがある。

なぜ、人は笑うのか。


笑うことって、すごく大事なことで

心から笑って生きていると長寿になれるみたい。


別に、長寿になりたいわけじゃない。

でも笑ってないと、やっていけない。


子供の頃は、意識なんてせずに

心の底から楽しんで、無邪気にわらっていた。


でも、今は、生きるために必死に笑っている。


人間関係が壊れないように

仕事でサービスをするために


誰かに何か言われることがないように

嫌われないように


大人になるにつれて、たくさん笑顔をはりつけた。


苦しいことを、隠すために。

泣いていることを隠すために。


なんでこんなに必死になって笑っているんだろう?

はりつけた笑顔に疑問を持つ。


勝手に顔が笑うように、努力した。

鏡の前に立って、悲しい顔を隠した。


笑えば、幸せになれる。

その言葉を信じた。信じたかった。


私は…

努力しなければ、笑えないなんて、

おかしなことだと思った。


いつからこんなふうになってしまったんだろう。


でも、幸せになりたい、だから笑う。

笑うフリでもいい。


そうすれば、きっと…心の底からまた笑える日がくる。気がついたら、普通に笑えてた、なんて、

思える日が来る。


頑張って笑ってみる。

鏡の前で上手く笑えない自分を見るたびに

滑稽だと思う。それでも、どんなに自分が嫌いでも

昔のように笑えたなら。


生きるために、きっとみんな頑張っている。

頑張って笑っている。

たとえどんなことがあっても、辛いのは

私だけじゃない。


辛い時こそ笑えって、誰かが言ってたけど

じゃあ笑ってる人は、みんな辛いじゃん。


たくさん笑ってる人ほど、

辛い想いを隠してるのかもしれない。


笑うために、笑えるようになるために

どれだけの時間が必要で、どれだけ努力したと思っているんだ。


自分の素直な気持ちばかり口にしていたら

周りに人がいなくなった。

いつも笑っていたとしても、わがままな奴はここでは受け入れられないらしい。


気を遣って、媚びへつらって、楽しいフリをして

笑ってる私は…果たして幸せだろうか。


「悩みが無さそうだよね」

「いつも楽しそうだよね」

友達にすらそう言われるけれど。

そう見せてるだけであって。


なにいってるんだ。

悩みのない人間なんていない。

必死で笑ってる他人に同じこと言うなよ?


って、思ったけれど。

言わないけれど。


悩みがないように見せるように

なれたってことは、合格の笑顔でいいのかな?

ちゃんとはりついてる?


確認したくなる。


そんな、笑顔をやめたい。

はりつけた笑顔をやめたい。

どうして笑えないんだって、泣いた。


自分が自分を苦しめる日々はもう終わりに

したかった。

会社ではしょうがないかもしれない。

でも、自分の時間さえも笑えないなんて嫌だ。


だから、私は私に

「もう、笑っていいんだよ」

って言ってあげた。


笑うことを許可してあげた。

なんて上から目線。


それでも、気づいたんだ。

頑張らないといけない、笑わないといけない、

その縛りの地獄から這い上がるためには

笑うことを許可していなかった自分を認めなければ。許してなかった、全てを、許そう。


少しずつ、幸せになるための笑顔を

増やそう。何が好きか、どうしたら自分が笑えるか、心からちゃんと笑えているか。


あまりに自分を蔑ろにしすぎていて、気づかなかった。労ってあげてなかった。


他人に「大丈夫?」って、言うくせに。


自分には「大丈夫?」すら言ってあげなかった。

それどころか、体調が悪くても無視をしていた。

「なぜこんなに調子がでないんだ、仕事が上手くいかないんだ」と自分を罵倒していた。


誰でも良い、誰でもいいから

「よく頑張ったね。もう頑張らなくて良いよ」

って、言ってもらいたかった。


でも、いつまで待っても、そんなことを言ってくれる人は現れない。

だから、自分で自分に言ってあげた。

「もういいよ、やめよう、頑張るのやめよう、

私はよく頑張った、もう、頑張らなくていいよ」って。

不思議と楽になって、少しずつ

自然に、笑えるようになってきた。


そう言ってくれて、ありがとう、私。

大好きだよ。


私は幸せになるために

今日も好きなことを探して笑うんだ。















こんにちわ。


今日は仕事が夜にあるのでこの時間にblogを

書きます。


いつもありがとうございます^^


今日は

これまた、たまたま手に取った本から

やっぱりか、と思ったこと。


職場の先輩、上司で、いつもキレてるひと、

機嫌が悪いひと、あたり口調が強いひと。


この人はどうしていつもこんなにキレているの?

どうしていつもいつも、機嫌が悪いの?


たとえ、正しいことをアドバイスしてくれいたとしても、八つ当たりみたいに言われたら萎縮するし、

私がすべて悪いと思い込んでしまう。


実際、正しいこと、できていないことを、

言われるのは当たり前なのだが、何故だか私にだけいつも多く言ってくる。よく言われる気がした。

他の人も言われているみたいだったが。


八つ当たりのような口調で言われ続けていると、

私はこんなに仕事ができていないのか、

私は周りに迷惑をかけている。

私はダメな人間なんだ。

もう仕事を辞めてしまいたい。


そう思いつめるほどに、

自分を責めてしまっていた。


しかしある時から、その人は優しくなっていった。

口調に柔らかい印象を受ける。

同じ言葉でも、注意でも、八つ当たりするような口調ではない。穏やかだ。


一体、どうしたんだ。

何があったんだ。その変化に周りも驚くくらいだ。

でも、それはいつまで続くかわからない。


でも今その変化に、安堵している。


だけど、たとえ正しいことであっても、

他の人もできていないことだって、八つ当たりのように言われてきた日々は私にとっては地獄だった。


言った本人は覚えていないかもしれない。

自覚していないのかもしれない。

でも、言われた方は、傷ついて、泣いて、

仕事を辞めてしまいたい、と思うほどに

追い詰められて、地獄だったんだよ。


今は優しくなっている?

だから、なんだ。傷ついたこころは

元には戻らないし。忘れることもない。

痛み悲しみとして、覚えている。


そうして、もやもやしている時に、

その本のページをめくると書いてある。

まとめると


「キレやすい人ほど栄養が足りていない」

これは、実験で分かったことだった。


どんなに温厚な人でも栄養不足になると

暴力的になってしまうことがあるということ。


ああ!笑笑

なるほど!!


昔から、怒っている人はカルシウムが足りていないと、言われていたな。


笑ってしまった。

前の私なら

「他人でストレス発散する日々は、楽しかったですか?」と言ってあげたいと思っていたけど。


今は

「ちゃんと栄養取ってますか?笑」だ。


言ったら滅せられるので、言わないけれど。


人間にとって必要なのは、やっぱり、

良質な睡眠、良質な食事、だなって。


睡眠不足でも人はキレやすくなるし

栄養不足でも人はキレやすくなるし

生きがいがないと生きてる感じもしないし

わりと人間は忙しい。


怒るのって、すごくエネルギー消費するんだよ。

そんなことにエネルギー使うくらいなら

好きなことに没頭してた方が、遥かに良い^^

そう思った。












こんばんわ。

昨日は疲れてしまって書けなかったけど、良し👍

たくさんのいいね👍ありがとうございます。

とても幸せ^^


最近、少しずつではあるけど、幸せを感じることに成功している。


誰かのためでなければ、生きられないと思い込んでいた。


幸せになってはいけないんだと、もっときびしくしなければいけないんだと、思い込んでいた。


でも、違った。

私は今の私のことを受け入れられなかった。


だから外に、受け入れてくれる人を求めていたけど。そうじゃなくて。

自分のために何かをしてあげることを

許していなかった。


なにが自分にとって幸せなのかも

わからずに生きてきた。


幸せなフリ…いつまで??

いつまで、続ければいいの?

どこまで頑張ればいいの??


たまに問いかける私が、私を苦しめた。

辛い。でも言えない。言わない。

それらは全て、迷惑になる。邪魔になる。

排除しなければ。この気持ちを。


そうして自分を責めて、潰して、出来上がった虚構の塊。


この世界から消えてしまいたい。


恵まれている環境なのに、喜ぶことができない。

理解することが、幸せだと認識することが難しい。

どうして。


どうしてそう、思っちゃいけないんだろう。


私は1人の時間、考えた。私は私のこの時間を大切にしたいと思った。好きなことをやってみて夢中になって。そうやって何かを変えていきたかった。


そして、アファメーションという言葉に出会った。

ポジティブな言葉で自分自身を幸せに導く方法。


「私は私を受け入れます」

「受け入れることを許可します」


言葉を聞き流して聴いているとロックが解除されていくような感じがした。

その時はまだ気づいていなかった。

そうして、星ひとみさんの本をたまたま

手に取ってみたとき、ふと思った。


「どんな小さなことでも幸せを感じて良いんだ」


太陽の光を浴びる、お気に入りの物をかざる。大好きな物で私をかこむ。…


好きなことで幸せを感じられなくなっていた私に、

大丈夫だと言ってくれているみたいに。


ほんの小さなことでも幸せを感じていいよ。って


心がリラックスしていくのを感じて

心が安定していくのを感じた。


私は不平不満を口にするたびに自分自身を追い込んでいたんだ。

それは言霊として自分に帰ってくるのに。


誰かのせいにしたい。

何かのせいにしたい。

逃げ出したい。

投げ出したい。すべてを。

自分の描いた理想の未来が、遠すぎて。


ずっとそう、思ってきたけど、疲れたんだね。

自分が満たされてないことをただただ認識しただけだったんだよ。


私は私のことを歌ってくれる歌にも出逢えたし、

アファメーションに出逢えたし、

毎日少しの幸せを感じて生きられるように、

なってきたよ。


まだ始まりに過ぎないけど、ここからでも

どこからでもきっと間に合う。

私は私のすべてを大好きなもので埋めつくしてあげたい。
























こんばんは。私。

久しぶりにここを開いたと思ったら、6年前に

少しblogを書いて、終わってた。


前の記事はもういい。

今日からの方が大事だ。

だから消しちゃったけど。


飽き性な私だから、1週間に1回blogを書ければ良しとする。


4年前くらいから、人生にかなり悩んで迷って頭かかえてたけど。少し落ち着いた。


自分の生き方が、間違ってるんじゃないかと思って。何を間違えたのか、あの時ああしていれば、あの時ああだったなら。

結果はきっと違ったに違いないって。

馬鹿みたいに思ってた。


そんなことで悩んで、苦しんで、変えられない結果を、過去を悔やんで、ただ一日中過ごす日々。


ある時、本屋さんでたまたま手に取った本にこう書いてあった。

「選ばなかったもう一つの人生は存在しない」と。


人生に、"もしも"はないんだと。

人は皆、生まれる前に人生を、未来を決めてきている。そんな内容だった。


スピリチュアルとか、宗教的とか、

そんなことを考える前に


私の悩みは消えた。

救われたんだ、と思った。


あの時間は、無駄だったんだって、気づくのに4年もかかった。


涙が出た。


私ばかり、どうして。

誰も私の気持ちなんか、理解してくれない。

もっと頑張らないと。いつも緊張していないと。

こんな人生は嫌だ。


頭の中で、ぐるぐるぐるぐる、

考えても、考えても、結果が出ないことを

ひたすら考えて、苦しんで。


でも、救われた時に思った。

果たして、私は、私だったら、生まれる前に未来を決められるなら。

なにもない、普通の人生をおくらせるだろうかって。

いや、きっと波瀾万丈な人生にしたはず。

だから、きっと今、こうなんだって。

すごく、納得したんだ。

そして…最後はきっとhappy endだ。


そこから少しずつ、悩むことはあっても

前に進むことができた。


どうしたら前に進めるかを考えている。

とても良い兆候だと思う。

人生に立ち止まることが多い私だけど、

もう一度、頑張ろうと思った。

今を楽しむことができるように。