『表面張力』



「寝ちゃってる。」
俺はソレを見て、ため息を吐いた。



初めての舞台出演を不安がっていた彼女。 
親切ごかしに、参考になりそうなDVDや台本や演劇理論の本もうちにあるから自由に使っていいよ、と言ったのは確かに俺だ。
俺にかまわないでいいから、好きなだけ勉強しなさいとも言った。
でもね、狼の巣で無防備に寝てもいいよとは言ってないよ?



「お嬢さん、襲っちゃうよ?」
「・・・敦賀さん・・・。」
「寝言・・・? 俺の夢でも見てくれてる? いい夢ならいいんだけど。」
「好き・・・。」
「はいはい、俺も好きだよ。」
寝ているものと会話してはいけないと聞いたことがある気もしたが、ひとりごとでもいいから軽口を叩いていないと、理性がブチ切れそうだった。
少し様子を見ていたが、一向に目を覚ます気配がない。
仕方なく俺は彼女を抱きあげると、ゲストルームのベッドに運んだ。



好きな娘を目の前に何やってんだか。 
それにしても、お嬢さん無防備過ぎますよ? 
いい加減、俺も男なんだってことを理解してくれないと。



ヒール兄妹として生活をしていた時の名残で、
彼女はずいぶん俺に甘えてくれるようになっていた。
社長が言うところの、本物の恋愛には初心者でも、
それなりの恋愛もどきの数はこなしてきているし、
そういう秋波を送られることには慣れているせいか、
彼女の俺を見る瞳の中に、そういう色が見え隠れすることに
いつからか、気がついてしまった。



それでも、自分の気持ちを伝えられないのは
社さんの言うように、俺がヘタレだからなのか、
彼女が相も変わらず、恋愛を否定することを公言してはばからないせいだからなのか、
万が一、自分の思い違いで、彼女に拒否された時、
立ち直れないくらい凹みそうだからなのか・・・。




グラスいっぱいまで注がれた想いは、
ギリギリ表面張力で保っているけれど、
何かの拍子に、うっかりこぼれてしまいそうなくらい
実は危うい状態にまで至っていた。



それなのに。


ベッドに彼女を横たえて、顔にかかった髪をそっとはらってやると、
再び、彼女の寝言が聴こえた。
「敦賀さん・・・好きです・・・。」
ばかばかしくも、夢の中の自分をうらやましく思ったが、ふと、彼女の眼の端がぴくぴくしているのに気づいた。
そう言えばさっきより顔も紅い。


「俺も好きだよ。」
そっと触れるだけのキスをして、再び彼女を抱きあげると、

彼女の手が、すがるように俺のシャツをつかんだ。
俺は、あふれだした想いのすべてを彼女に伝えるために、

自分の寝室へ歩き出した。


                             FIN