ACT.181 続き妄想 2


「どこから話そうか。」
夕食の後、敦賀さんは思案顔で話を始めた。



「緒方監督が伊達監督のことで身動きとれなくなっていたことを覚えているよね。 俺も似たようなものだったんだ。

どれだけがんばっても父親の影から抜け出すことができなくて。

もがいてあがいて、まるで蟻地獄みたいだった。

苦しいけど、親には心配かけたくないから相談はできなくて・・・。 

そんな中唯一話を聞いてくれてアドバイスしてくれる兄貴みたいな人がいた。 彼には素直に心を開くことができたんだ。」
敦賀さんはその人を懐かしむように視線を遠くへ向けた。


「・・・でも、その人は俺のせいで、俺の目の前で車にはねられて命を落とした。 ・・・俺が殺したんだ。」
「それは、違います。」
「いや、同じことだよ。 彼の恋人にもそうなじられた。 人殺し、だと。」
「違います!」
私はもう一度きっぱり断言して敦賀さんの右手を握った。
彼の手は冷たくて、小刻みに震えていた。



しばらくそうしていると、敦賀さんの左手が、
もう大丈夫というように彼の右手を握ったままの私の手を
ポンポンとたたいた。


「それから俺は自暴自棄になって、暴力にはしった。 

街で小競り合いになっては相手を全員叩きのめしてた。」
敦賀さんは少しかすれた声で言って、暗く嗤った。


あの夜のチンピラたちとの立ち回りが私の頭に浮かんだ。
それを察したかのように敦賀さんは頷いた。
「そう、あの時みたいに。 いや、あの時はまだ余裕でかわしてたんだよ。 

君があのワカメ男に振り払われるのを見るまではね。 

あれですっかり敦賀蓮もカイン・ヒールもどこか飛んでしまった。」
・・・やっぱりあれは、敦賀さんでもカイン兄さんでもない男(ヒト)だったんだ・・・。


 
「家では普通を装っていたつもりだったけど、それだけ荒れてた俺に親が気づかないはずが無い。 

悩んだ末に父親は旧知の宝田社長に相談した。 

社長はすぐに俺を迎えにきた。

そして俺に別の名前を与え、しがらみのない状態でここで一から始めろ、自由に生きろといってくれた。

・・・それから俺は敦賀蓮という役者を完璧に演じてきた。 

素顔を隠し過去を押し込めて。

だけど過去を掘り起こして立ち向かわなければ役者として生きていけないかも知れない事態に陥った。 

ここで誰にも負けない役者になるためにはダークムーン同様、今回のトラジックマーカーもやり遂げなければならない。

もしかしたらって不安はあった。 

けど、ここまでひどい状態になるとは予測していなかった。」


「大丈夫です、敦賀さんなら。

ダークムーンの時だって乗り越えられたじゃないですか。」
「君がいてくれたからだ。」
「え?」
敦賀さんの言葉の意味がわからない。
「だから社長は今回君をお守りとして俺につけたんだ、たぶん。

君が俺を救い上げてくれるってわかってたんだ。」
「私には、そんな力はないです。」
「いや、君だけが俺を救けることができるんだ。 それは俺も確信してる。

この間のカーアクションの時も、昨日も君は俺を救けてくれただろう?」
思いもかけない言葉に、私は頷くこともできなかった。



「君が尊敬する敦賀蓮を演じていたのはこんな男だ。 失望した、よね。」
「いいえ!」
これには即答できた。
「確かにびっくりしましたけど。

でも私がずっと見てきた敦賀さんの全てが作り物だったとは思いません。

私の知っている敦賀さんは、意地悪で似非紳士で大魔王で夜の帝王でプレイボーイで・・・。」
そこまで言ったところで、敦賀さんが降参というように、苦笑いして両手をあげた。


「君の中の俺ってどれだけ酷い男なんだ。」
「ですから、私が敦賀さんを想う気持ちはそんなに簡単に変わったりしませんよ。 第一敦賀さんは人を傷つけたことをすごく後悔していて自分を戒めていて傷ついているのがわかります。」
「・・・過去に呑まれてしまうことが怖かった。 

そうしてもう明るいところに戻る事ができないかもしれないと・・・。 

そんな俺を君に知られて、嫌われたり軽蔑されたりするのも怖かった。」
「な・んで、私なんかに・・・。」
「俺の過去を知っても変わらないと言ってくれた君の俺を想う気持ちが、俺が君を想う気持ちと同じだとうれしい。」
「同じ気持ち? そんなこと・・・。 敦賀さんが私を好きだなんてことないです。」
「どうして? 俺は君が好きだよ。 君がそばにいてくれれば、それだけで俺は無敵になれる。」


敦賀さんの言葉をすぐには理解できなくて、頭の中で反芻する。
何を言われたのかわかった瞬間、自分もついうっかり告白してしまっていたことに気がついた。


「いやーーー!!」
瞬時に真っ赤になった顔を手で覆って、叫んでいた。
敦賀さんは予測していたのか耳をふさいで笑っている。


楽しそうな顔。
よかった。
もうこの顔が見られただけでいいや。



「これからも俺のそばにいて。」
私は涙をぬぐいながら、敦賀さんの腕の中で大きく何度も頷いた。


                       FIN