1994年 出逢い篇08(完結) | 幸せネル子の奔放自在な日々-Viva la Vida-(気分で変わります)

幸せネル子の奔放自在な日々-Viva la Vida-(気分で変わります)

美エイジング、スピやら脳やら。大好きな斎藤一人さんのお話など。

ところで、その日のうちに判明したことなのだが、
シロの隣の席にいた「やたらと胸のでかい女」(他にこれといって特徴がなかった)は、
ブロック崩しのボールの速度を限界まで遅く設定してくれた、
農家のボンボン、キタガワ君の彼女だった。

どうしても気になった私は、あの場でさり気なく山下先輩に
「シロさんの隣に座ってた人って、彼女なの?」と聞いてみたのだ。

こういったことは、オープンな場で堂々と確認した方が、
こちらの好意に気づかれずに情報を手に入れることができ、
かつ安全であることが多い。

しかし、予想外のことが起こった。
「あ、そうそう、さっきネル子がさぁ、
地野(やたらと胸のでかい女)のこと、
シロの彼女?って勘違いしてたみたいだよ」

あろうことか山下先輩はこれをすぐに直接シロに報告したのだった。

「俺と地野がー!?
キタガワに殺されるだろ俺」

シロは「なんで俺なんだ?」といったような顔をして笑っていたが、本当に驚いていたようだった。

シロには彼女がいることはかなり前から知っていた。
気になる人の隣にいる女、というだけで、そう見えてしまうものなのかもしれない。
それで、たまたま目についた、やたらと胸がでかい女を
「こいつか」と私が勝手に思い込んだだけの話なのだ。

シロに彼女がいることには変わりはなかったが、
私はなんだかほっとした。

*

山下先輩のアパートには3~4日くらい滞在したと思う。
その間、ずっと気づけばシロのことを考えてしまっていた。
しかし、また会えるかな…という私の淡い望みは叶わなかった。
あの日以来、山下先輩のほかの友達とは遊ぶことはあっても、
シロと会う機会はなかったのだ。

そして北海道に帰る日がやってきた。
福島空港までは車を持っている山下先輩の友達が送ってくれると言うので、
その日は土曜日だったが、山下先輩は課題を提出するために大学に寄り、
私は大学の売店で山下先輩が戻ってくるのを待っていた。

当時の私は疲れやすかったのか何なのか、所かまわずすぐにしゃがみこむ癖があり、
その時も売店の隅のほうでしゃがんでいた。
あれから20年ほどの年月が経っているにもかかわらず、
その時自分が立っていたのか、しゃがんでいたのかという細かいことを、
私がハッキリ覚えているのには、理由がある。

下を向いてじっと床を見つめて少ししょぼくれていたせいか、
誰かが私に近寄ってきたのもわからなかったし、
上からポンと何か軽いもので頭を叩いてきたのが誰なのかも、
すぐに分からなかったからだ。

頭に軽く柔らかい衝撃を受け、驚いて顔を上げると、
そこにはシロがいた。
そして、シロが丸めたレポート用紙で私の頭を叩いたのだとようやく理解した。

「よっ」

「あ…どうも…」
にわかに心臓がドキドキ鳴り出すのがわかった。いや、バクバクしていた。
最後にもう一度だけ、ひと目だけでも会いたいとは思ってはいたが、
それが突然叶ってしまい、かなり動揺した。

シロも山下先輩と同じく、課題を提出するために大学に来て、
ついでに売店に寄ったようだった。
大学の売店というのは学生たちにとってはちょっとしたコミュニティなのか、
学校に来る時は売店に寄るという習慣がある人たちが多かったのかもしれない。

「ええと…今日帰ります」

シロの顔をちゃんと見ずに私はそう言ったと思う。

「ふぅん」とシロは特になんの感情も込めずに言った後、こう続けた。

「俺、来週誕生日なんだけど」

「は…?」

「いや、だから、俺、来週、誕生日だから」

どう反応していいかわからずに、キョトンとしていると、
シロが両手を私の目の前に差し出してきた。
「なんかちょうだい」

なに両手差し出してるんだこの人、と思った。

「あの…私、シロさんの住所とか知らないんですけど…」

「えーとね…“肉、ななつ、くれ”に電話くれたら、
教える」

今度はよく分からない暗号が飛び出した。

「電話番号。そうやって覚えると覚えやすいだろ?
市外局番はわかるよな?山下の電話番号がわかるだろうから」

「いや…あの」

「もしわかんなくなったら、山下に聞いてよ」

「わかりました。じゃあ何か送ります」

「よっしゃ、ラッキー!」

シロはそう言い残すと、向こうで盛り上がっている、
彼の友達であろう集団のほうへ行ってしまった。
あまりの予想外の展開に、何が起こったのかしばらく理解できなかった。

誕生日だからなんかちょうだい、なんて普通に考えて
友達の彼女におねだりすることではないと思う。

しかも「もしわかんなくなったら、山下に聞いてよ」
なんて、一体どういうつもりだったのか。

これは私にとって、今でも大きな謎のままだ。

そして、こんなインパクトのある別れ際のせいで、
私の脳内にはシロの誕生日がしっかりと深く刻み込まれてしまった。


私の誕生日なんて一度もちゃんと覚えてくれなかったくせに。
今、目の前にシロがいたら、私はこう言ってやりたい。


【1994年出逢い篇 完結】
たぶん交流篇につづく