私が「サークルの先輩に迷惑をかけた」と一年三か月近く悩んできたこと。
二週間前、主人に、「自分の自罰思考に悩む」と言ったら、
「人に迷惑をかけないで生きられる人生なんてない。自分一人で生きてるわけじゃないんだから、誰かに迷惑をかけることなんて一杯ある。先輩への思いがあるのなら、今後、違う誰かを手助けできたりしたら、それで、先輩への罪滅ぼしができたと思ったら?いい加減、その先輩に悪かったという気持ちを手放して、一回きりの人生、もう前に進んだら?」と、二週間前、主人にむっつりと言われました。
そう。私、この一年三か月ほど、ずっと「先輩に悪かった」という自罰思考で悩んできたのです。
主人の「人に迷惑をかけないで生きられる人生なんてない。いい加減、前に進んだら?」の一言で、そうやんなぁ、私、もう十分すぎるぐらい自分を責めたし、それに先輩たちは、もう今年の4月から新しい役員体制になって、サークルはもう新しく動き出している、私ももう前に進もう、とその日一日、夜中、布団の中でずっと考え、悩んできた自罰思考を捨てることができました。
これから、私の新しい人生の新しいステップ。
今は、気分も晴れやかに、中学英語の勉強をもう一回しようかなぁとか、料理の勉強しようかなぁとか、旅行の計画を立てようとか、いろいろ清々しい気持ちで、新しいことに挑戦しようと思える日々です。
でも、一年三か月ぐらい、悩み続けたことが、愚かなことだったとは思いません。その期間、悩んだからこそ、もう十分自分を責めたよなぁと自分自身、納得もできたし、その間、何度も、自分を非難する幻聴が聴こえて、恐怖も味わったし、しんどかった。それでも怖いながらも、統合失調症が重かった時のように、寝込むことなく、自分の生活を護れたこと(母の介護や主人との生活、友人関係の維持など)は、大きな自信になりました。
人間って何歳になっても、そうして成長できるものなんですね。
今、変わっていく自分を楽しいと感じられることに、凄く安堵しています。自分への期待かな?
これからも、きっと悩むたびに、自分は、自分の世界を広げていくんだろうなという期待。
年をとっても自分が変わっていけるという柔軟性を信じられることは、とても嬉しいものです。本当に![]()
