昨日、母の誕生日。老人ホームから母を我が家に連れてきて、妹夫妻も含め、私たち夫婦の四人で、母のお誕生日のお祝い会をしたが、こちらに来る前、母が、「しんどい」「首が痛くて歩けない」と私と二人だけの時にとてもしんどそうにするので、私の怒りが爆発。

 

「そういう気持ち垂れ流しの言葉は、ものすごくしんどい。しんどいとか老人ホームのご飯が美味しくないとか、私が聴いてもどうしようもないことを言わないでくれる?」とばしっと言ってしまった。

 

「親子だから言っているんでしょう。聞いてくれてもいいじゃない」と泣きながら言うが、幼いころから、父の悪口を聴かされ、父が亡くなると、今度は自分の不安や愚痴を言ってくる。親子でも言っていいことと悪いことがあるでしょう。違う?

 

ずっと誰かに依存して、ずっと誰か(ほとんど私)にもたれかかってきたよね。

 

「あなた(お母さん)はお父さんから、同じことを何度も聴かされ、しんどかったのでしょう。お父さんに言われてしんどかったことを、あなた(お母さん)は私にしているのよ。私だってしんどいわ」と言った。

 

母は、「いつきに厳しく言われて、悲しくて泣いているのよ」というが、知るか。「もう愚痴は言いません」と言っていたが、そうしてくれよ。友達にいってくれ。

 

自分の気持ちぐらい、自分で握りしめてほしい。自分で音楽を聴くなり、日記を付けるなり、自分の気持ちを自分で持ってほしい。

 

お誕生日会に、妹夫妻が到着すると、「嬉しいわぁ」とニコニコ。

 

さっきまでのしんどいアピール何?私の前で見せるしんどいや首が痛いは演技なの?芝居?

 

イライラするわ。

 

自分で線引きしないと、イライラばかりが募る。今日はゆっくりして、ささくれだった気持ちを立て直そう。

 

 

昨年四月から悩んでいた悩みが去って、精神的に落ち着いたからなのか、それとも食べ過ぎなのか、最近、太ってきた。

 

今週は、毎日のように、お友達とランチやお茶をしたからなのか?

 

いかん!!!いかんぜよ。

 

昨日、母から、一週間前から、物が二重に見えるから眼科に行きたいと電話がかかってきて、今日、夕方から、眼科に行ってきた。

 

医者から、「物が二重に見えるという症状が急に出てきたということは、もしかしたら、脳腫瘍とか脳梗塞とか脳の病気があるかもしれないので、一応、脳のMRIを受けてください」と言われ、明日、紹介状を依頼するため、もう一度、眼科に電話する。

 

やらねばならぬことは一杯あるのに、なぜ太るんや???

 

紹介先の医院が、母が気に食わぬ脳神経外科で、私もあまり好きではない医者なのだが、仕方なし。

 

あ~胃が痛い。脳の病気やったら、手術とかになるんかなぁ。母、82歳で心臓の病気もあるのに、手術???

 

そこそこ心配。

 

手術やったら、どうすんの?母の体力で、脳の手術なんか乗り越えられるの?

 

分からん・・・。

 

私は太ってる場合ではないのだが・・・ちょうちょ

 

胃が痛い。

 

  

 

母が老人ホームに入り、今年3月31日に母のマンションを解約。

 

ゆっくりできると思ったら、なぜか心が忙しい。心が落ち着かぬ。バタバタばたばた、慌ただしい。

 

そんななか、ほっとするのが、植物を見ることハート

 

活き活きしていて良い。

 

マンションの同階の親しい方に、これの茎と葉っぱが付いた短いものを数年前にもらって、最初から育てただけに、こんなに大きくなって、株分けもして、ほんとに見事に大きく成長したよな、と愛おしい気持ち。

 

最初は根っこが出てくるまでがドキドキで、ちいさな根っこが出てきたときは、狂喜乱舞した。

 

私は、どうしても、部屋の中で動物を飼うというのが苦手で、その中で、植物を育てるのは性に合う。

 

自分が年を取ってきているせいか、葉っぱが伸びたり、根っこが出たりするのを見ると無性に嬉しいハート

 

成長するものを見ると嬉しいのです。

 

きっと、今は、心の休息期間なのだろう。

 

植物をみるとエネルギーを感じるハート

 

 

私が「サークルの先輩に迷惑をかけた」と一年三か月近く悩んできたこと。

 

二週間前、主人に、「自分の自罰思考に悩む」と言ったら、

 

「人に迷惑をかけないで生きられる人生なんてない。自分一人で生きてるわけじゃないんだから、誰かに迷惑をかけることなんて一杯ある。先輩への思いがあるのなら、今後、違う誰かを手助けできたりしたら、それで、先輩への罪滅ぼしができたと思ったら?いい加減、その先輩に悪かったという気持ちを手放して、一回きりの人生、もう前に進んだら?」と、二週間前、主人にむっつりと言われました。

 

そう。私、この一年三か月ほど、ずっと「先輩に悪かった」という自罰思考で悩んできたのです。

 

主人の「人に迷惑をかけないで生きられる人生なんてない。いい加減、前に進んだら?」の一言で、そうやんなぁ、私、もう十分すぎるぐらい自分を責めたし、それに先輩たちは、もう今年の4月から新しい役員体制になって、サークルはもう新しく動き出している、私ももう前に進もう、とその日一日、夜中、布団の中でずっと考え、悩んできた自罰思考を捨てることができました。

 

これから、私の新しい人生の新しいステップ。

 

今は、気分も晴れやかに、中学英語の勉強をもう一回しようかなぁとか、料理の勉強しようかなぁとか、旅行の計画を立てようとか、いろいろ清々しい気持ちで、新しいことに挑戦しようと思える日々です。

 

でも、一年三か月ぐらい、悩み続けたことが、愚かなことだったとは思いません。その期間、悩んだからこそ、もう十分自分を責めたよなぁと自分自身、納得もできたし、その間、何度も、自分を非難する幻聴が聴こえて、恐怖も味わったし、しんどかった。それでも怖いながらも、統合失調症が重かった時のように、寝込むことなく、自分の生活を護れたこと(母の介護や主人との生活、友人関係の維持など)は、大きな自信になりました。

 

人間って何歳になっても、そうして成長できるものなんですね。

 

今、変わっていく自分を楽しいと感じられることに、凄く安堵しています。自分への期待かな?

 

これからも、きっと悩むたびに、自分は、自分の世界を広げていくんだろうなという期待。

 

年をとっても自分が変わっていけるという柔軟性を信じられることは、とても嬉しいものです。本当にハート

今年の3月31日付で、母のマンションを解約し、老人ホームに入る母との生活が軌道に乗り出した。マンションを解約したことで、重くのしかかっていた、あの用事をせねば、この用事をせねば、というストレスから脱却できた。気持ちが軽くなった。

 

そして、老人ホームの母との付き合いも整ってきた。やはり、老人ホームにずっといるのは、精神的にしんどいようなので、この4月から、一週間に一度、毎週土曜日は、主人と二人で、母を外出に連れ出している。

 

4月から二か月。やっとその体制が軌道に乗ってきたというか、自分の生活のリズムになりだした。

 

そして、母との付き合いで私が一番しんどかった、母からの延々と続く電話についても、母にはっきりと面と向かって伝えた。「土曜日・日曜日の夜は主人とのんびりしているから、電話はしてこないでほしい」と。

 

それまで、毎日、メールでも要件が入り、その他、じゃんじゃん一日に二回・三回とかかってくる電話にしんどくなっていた私だが、母に「土曜日・日曜日の夜は、主人とゆっくりしているから、電話はしてこないでほしい」と伝えたことで、私が母からの電話を快く思っていないと知った母は、今は、ほとんど電話をしてくることが無くなった。

 

凄いびっくりマーク

 

私も、20年ぐらい前、統合失調症で、いろんな友達や妹に電話ばかりかけていた時があった。よく友達たちは電話に付き合ってくれたと思う飛び出すハート本当にありがとう飛び出すハートでも、妹から、「お姉ちゃん、用事もないのに電話をかけてくるの、なんとかならんの?」とその時、言われ、その妹の一言で、あっ!!!電話は迷惑なんや!!!と知ることができたのだ。

 

それ以来、友達への電話も妹への電話もきっぱりと止めた。

 

電話で紛らわせていた時間を、自分で、音楽を聴いたり、掃除をしたり、自分なりに工夫して、乗り切るようにしたのである。

 

もちろん、要件のある時には電話はする。

 

母も今、私に電話ができない分、自分で工夫して時間をしのいでいると思う。

 

でも、私が母の愚痴のゴミ受けみたいになるのだけは嫌やったんやよね。私にも私の人生がある。

 

また、土曜日。病院の帰りに昼ご飯を食べに行こうな、お母さんハート

 

私の人生もまた新たな段階。料理の勉強をしようかなと考えている。