今年は梅雨明け後に全然雨が降らず、4日は富山観測史上最高39.8℃の猛暑日で、植物の水の確保が大変だったわ。晴れ晴れ晴れ

 

20日ぶりぐらいにようやく雨が来たと思ったら、今度は土砂降りの大雨。雨雨雨

 

どっちも、ほどほどがいいよね。えー?

「すっぱいブドウ」

 

ある日、キツネは木の枝にブドウが一房、ぶら下がっているのを見つけました。
 

それはそれは熟して、おいしそうなブドウでしたが、木の枝のブドウは手の届かないちょっと高いところにありました。

しかし、何度飛び上がってみてもブドウには手が届かず、キツネはブドウをにらみつけながら「あのブドウはすっぱいに決まっている」

そうつぶやくと、キツネはどこかへ行ってしまいました。

 

 

 

実際のところ「『このブドウがすっぱい』かどうかは食べてみないと分からない」ことで、仮に取れたとしても「必ずおいしいブドウが手に入る」とは限らないわけだ。(熟しすぎて腐っている、ということもあるし)ぶどう

 

この話は「『欲しいモノを手に入れたい』とがんばってみたけど、結局手に入れることが出来なかったのが悔しくて、自分に都合のいい言い訳をしてあきらめた」という話。ショック

 

これは心理学では防衛機制の「合理化」と呼ばれていて、

「自分の欲求が満たされなかった時にプライドが傷つかないように予防線を張ったり、合理的な理由を付けて自分の気持ちに折り合いをつける」。

 

 

この話で言えば、たとえば「高い枝に手が届かなかったら踏み台や脚立を持ってきて取る」とか「場所にこだわらず、取りやすい木を探す」とか方法はいろいろ考えられるわけだ。

 

それに「取れると思った」から「取ろうとした」だけで、実際「そんなにブドウが欲しいわけではなかった」ということもあるだろう。口笛

 

 

いろいろと自分の気持ちを総合的に考えて「結果を出した」のであれば、それでいいのではないだろうか。グッ

 

 

 

次は「甘いレモン」


ブドウが取れなくて家に帰る途中、キツネは「甘そうなオレンジ」が落ちているのを見つけました。オレンジ

しかし近づいてよく見てみると、それは「オレンジ」ではなく「レモン」でした。

「甘いオレンジが食べられるぞラブラブ」と思って拾ってみたら、「酸味の強そうなレモン」だったことでガッカリしたキツネ・・・。泣

「・・・オレンジよりレモンの方が好きだしぶー」と、キツネは拾った「レモン」をかじりながら帰りましたとさ。


この話は、手に入るなら本当は「もっと価値のあるモノ」の方がよかったが、「手に入らないモノ」を嘆くよりも「『手に入ったモノ』の方が価値が高いと感じる」という話。

要するに、本当は「オレンジ(ブドウ)」が手に入るのならよかったのだが、何も手に入らないよりは苦労せずに手に入った「レモン」でいいか、というもの。もぐもぐ


それでいいのなら「結果オーライ」という考え方もあるし、無理に苦労することもないから。グッ

 

「すっぱいブドウ」とは反対の心理状態になるが、これも防衛機制の「合理化」

 

 

どちらにしても後悔しない選択にするのがいいよね。ニコ

 

 

 

 

すっぱいブドウと甘いレモンの法則

 

”考え方”を考える すっぱい葡萄と甘いレモン 甘い葡萄を狙いに行け!


 

富山県小矢部市にある、クロスランドタワー展望フロアで開催されている「空中カフェ2025夏」に行ってきた。音譜

 

 

 

クロスランドタワーの入り口に置かれている、自衛隊のヘリコプター。

 

「空中カフェ」は土日祝のみの開催で、地上100mの展望フロアで景色を眺めながらスイーツを楽しむ、というもの。ラブラブ

 

私が行ったのは「ブルーベリーとチーズのプリン さわやかレモンパイ」のセットの日で、他にも来ている人がたくさんで、ちょっと時間待ち。

 

いよいよエレベーターで上に上がってケーキとドリンクを受け取り、席に着くと外の景色がいいわね。ショートケーキコーヒー

 

 

 

 

ケーキもおいしいし、田んぼの稲が風にそよいでいるのが見えて、遠くまで見渡せるのがいいわね。音譜

 

 

ケーキと景色を楽しんだ後は下に降りてきて、入り口のところにある「ダ・ビンチ テクノミュージアム」へ。

 

「レオナルド・ダ・ビンチの手稿を基に走行、航行、飛行の原理を再現した知的好奇心あふれる楽しい常設展示館です」とのことで、「子供向けなのかな」と思っていたが意外と本格的な展示館。スター

 

 

レオナルド・ダ・ビンチ関連博物館紹介で「このミュージアムのレプリカや展示物の制作に当たり、イタリアをはじめとして、レオナルド・ダ・ビンチにゆかりのある、いろいろな博物館から協力を得ました」とあって、小矢部市と交流もしているらしい。

 

 

 

 

 

「翼を船に取り付けて、船をこぐように翼を羽ばたかせて飛ぼうと考えたもので、レオナルド・ダ・ビンチが28歳の時の初期のアイデア」とのこと。

 

ダ・ビンチの鏡文字や、ゼンマイ仕掛けの機構などあって、なかなか楽しめた。ニコ

 

 

天気もいいし、おいしいスイーツも食べてこれて良かったわ。ラブラブ

 

 

 

 

 

「メサイア」とは「メシア(救世主)」という意味。

「救世主」といえば「イエス・キリスト」のようなイメージですが、そこに「コンプレックス」と付いています。

「コンプレックス」とは、「劣等感」や「嫉妬感情」「承認欲求」などを含めた「ネガティブ感情」の総称。


「メサイア・コンプレックス」とは自身のコンプレックス感情から、強迫観念的に他人に親切な行動をすることで「自分が救われたい」と思っている人のことを指す



あなたも「メサイア・コンプレックス」?

自己肯定感の低さから生まれるやさしさ。「メサイヤ・コンプレックス」を知っていますか?



「メサイア・コンプレックス」と思われる人の傾向は、

・「人類を救済する」「世の中を変える」などと、やたらスケールの大きいことばかりを言いたがる。

・「人々を助けたい」という割には、家族などの「身近な人間関係」は、どうでもいいと思っている。

・「大変そうな人」「困っている人」を見ると、自分がしなくていいことにも罪悪感を覚える。

・身近にある「小さな幸せ」に感謝できないのに、「大きな幸せ」を与えることにこだわる。




例えば、新興宗教などは「自分が救われたくて」宗教団体に救いを求めて行くのでしょうし、意外なところでは看護職や介護職のような「人の世話をする職業」に就く人など。病院

「病気や体の不自由な人を助けたい」と思う気持ちは素晴らしいのですが、自分が必要とされることで「周りの評価」を得ようとしていると「自分の思った展開」にならない時に辛くなったり、苦しくなったりするのではないかと思いますが。ショボーン


他にも「役に立つ人間でなくては価値が無い」と思い込み、本人は「良いこと」をしているつもりでも周りが迷惑していることに気づかなかったり、わざわざ自分から問題行動を起こしてでも賞賛を得ようとします。滝汗

無理に「人助け」しようと思わなくても、まずは小さなことでも自分を大切にすることから始めた方がいいのですね。グッ



逆に、自分の利害や感情に関係なく「グループ全体のため」を思って動く人もいるわけですが、場合によっては組織の中に「グループ全体のために動く人」がいることはあまり喜ばれないこともあるようです。

 

「利他的な人」は嫌われる

 

「何かと気が利く行動をする人」がチームの中や自分の周囲にいると、「チーム全体の基準」を上げてしまい、「特に何もしていない自分が悪く見えてしまうから」というもの。ムキー

普通に考えたら「よく気が利く人」が周りにいるなら、それを喜べばいいようなものだが「自分が悪く(怠けて)見える」なんていうのは、単に自意識過剰なだけだと思うが。えー?


ある実験で「自分以外の他の学生4人とゲームをする」ことを求められるのだが、実際には「他の学生4人」は実在しておらず「コンピューターのプログラム」とゲームをすることになります


ゲームの内容は5人のゲーム参加者一人ずつに、1ラウンドごとにポイントが付与される。

この付与されたポイントは自分の手元に残してもいいし、チームの共有財産として提供してもいい。

チームに差し出した場合「ポイントは額面の2倍になる」と伝えられ、それから他の4人が供出したポイントのうち「4分の1までは引き出して自分のポイントとして貯めてもいい」と説明される。

ただし、チームの共有財産としてポイントを残しておくことでチーム全体にボーナスポイントが付く可能性が増すので、引き出すポイントは4分の1未満にすることが推奨される。

ゲームが終了した時点で、参加者はそれぞれ貯めたポイントを商品券に交換できる。


この実験の目的は「ズルい振る舞いをする参加者」に対して予想される社会的排除の研究として計画されたもので、欲張ってポイントをもらったり、まったく受け取らなかったりするプレイヤーは、対照実験のために用意されている。


ゲーム終了後、実験の参加者に「どのプレイヤーと再びゲームをしたいか」を尋ねられると、ほとんどの参加者は「欲張りなプレイヤーとはゲームをしたくない」と答えた。ショック

これは予想通りの結果だったが、意外だったのが「ほとんどポイントを引き出さなかったプレイヤーともゲームをしたくない」と答えた参加者が多数いたことだった。えー

その理由を聞いてみると「あの人がいると自分が悪く見えるからムキー」「裏でルール違反をしているのでは?てへぺろ」など、欲の無いプレイヤーには「何か『裏の目的』があるのでは?ニヤリ」と、全体的に「不信感を感じる人」が多かったとみられる。


欲張りな人も嫌だし、一見、欲の無さそうな人でも「裏がありそうで怖い」と感じる、というのは本当に難しい世の中ですね。ニコ




 

ある研究で、ビジネス・マネージメント・クラスを受講する 23歳から38歳までの被験者84人を対象にして、お互いを「知らない人」から「親友の1人」までの5段階で評価してもらった。

その結果、友情が互いに両思いであると認識している人が「94%」なのに対して、実際に両思いだった割合は「53%」と約半分ぐらいしかいない結果に。

あなたが友だちだと思っている人の半分は、あなたを友だちだと思っていない



同様の調査は 過去10年で 複数回行われており、9万2千人を対象とした調査でも「友情が両想いである割合」は、34%~53%程度だという結果が出ているので、最新の調査と 過去の調査結果は 一致している とのこと。

 


「1~5段階で評価を付ける」とすると、「同じクラスで学んでいる人だ」という認識はしていても「まったく会話を交わしたことのない人」と「互いに相手を認識して親しく会話する仲」に 分けられることになって、さらには「あいさつを交わしたから親しい」と思う人から「あいさつ程度ならば それほど親しくはない」と考える人まで、個々の認識にもグラデーションがあり、判断が分かれてしまうことになるから 人間関係は難しいわね。ニコ

 

 

それに、自分の側では「自分は 周りにいる大半の人間から好かれている(友情がある)」と思いたいのに対して、実際の行動をすると このようになるので、ここにも「認識のズレ」があるわけだ。

 

 

私の場合だと、まったく面識のない人から 一方的に「私は あなたを友人だと思っているんだから、あなたも私を友人だと思ってよプンプン」という感じの感情を向けられることが多いのだけど、それでいうなら「友人という肩書」に こだわるのではなく「中身のある関係」をやった方がいいと思うけどね。えー?




なぜ大人になると友達を作りにくいのか?

「友がいつの間にか離れていく人」の3大特徴

 

「ジョハリの窓」とは心理学者のジョセフ・ルフトとハリ・インガムが考案し、二人の名前を合わせて「ジョハリの窓」と呼ばれることになった。

 

自己分析を通して「自分から見た自分」「他人から見た自分」のズレや違いを知り、対人関係の円滑なコミニュケーションを考えるために考案された。

 

 

「ジョハリの窓」は、4つの窓に仕切られた図で説明されることが多い。

 

1.開放された窓  自分も他人も公開している領域。 名前や職業など客観的な事柄。 対人関係では「互いに相手を知っている」が前提なので、一方的に知っているものは含まれない。

 

2.盲点の窓  自分では気付かないが、他人は気付いている言動や行動。 (例)他人から不幸(大変そう)に見えても、自分自身では「自分が不幸」とは思っていない。キョロキョロ

まったく接点のない人間から、いきなり「嫉妬感情」のようなものを向けられて困惑する。ガーン

 

3.秘密の窓  自分では認識しているが他人には見えていない領域。 他人には伝えていない内面的な感情・価値観。 (例)自分では『かっこいい」「魅力的な人間だ」と思っているが、外側ではそんなに思われていないことに気付いていない。びっくり 

「○○よりも自分の方がかっこいいのに!」と言いたいが、相手に面と向かって言う勇気はない。滝汗

 
4.未知の窓  自分も他人も気付いていない領域。 自分自身も認識しておらず、誰も知らない才能が眠っているかも。 ニコ
 
 
この4つに仕切られた窓は、すべて同じ大きさの窓ではなく、それぞれの環境や状態によって窓の大きさが変わるイメージ。
 
1の「開放された窓」が広いと、「自分の認識・価値観」と「他の人の認識・価値観」が合えば親しくなりやすいし、互いに「違いやズレ」があることを認識して理解に努めようとするなら信頼関係を築くことも可能です。
 
2の「盲点の窓」が広いと、「自分では認識していない部分」を他人が指摘することになるので、相手との関係性によっては、不快感を持たれることもあります。
他人の意見を素直に受け入れて聞くことができる関係ならば、相手とのコミニュケーションも図りやすくなるでしょう。
 
3の「秘密の窓」が広いと、いわゆる「隠し事が多い」状態で、相手と信頼関係を築く上では自分の気持ちや考え方などを自己開示することも時には必要です。
 
4の「未知の窓」が広いと、「自分も他人も知らない未知の領域」なので「相手の知らない一面を知る」楽しみもあるかもしれません。 新しい自分を発見するかも。音譜
 
 
自己理解と他者理解を深めることで「互いの円滑なコミニュケーションを模索する心理学モデル」として、ビジネスの現場で活用されることが多いようです。
 
そういえばTMNETWORKの「永遠のパスポート」の歌詞に「本当のことは誰も知りたくはないさ すべてを許せるほどやさしくなれないカラオケ」というのがあるけど、互いに分かり合って信頼関係を築くというのはそんなに簡単じゃないわね。ニコ
 

 

 

 

 

 

 

4月22日~5日まで「国宝瑞龍寺ライトアップ 春の特別夜間拝観「光彩陸離(こうさいりくり)」が開催されているので行ってきた。バス

 

曹洞宗高岡山瑞龍寺は、加賀藩2代藩主前田利長公の菩提を弔うため、3代藩主利常公によって建立された。

国宝に指定されている建造物は山門・仏殿・法堂で、総門・禅堂・大庫裏・大茶堂・回廊三棟が重要文化財に指定されている。

 

入場する時間までには、まだ早い時間に出かけて行ったので瑞龍寺周辺を散策。音譜

 

 

 

 

瑞龍寺と前田利長公の墓所をつなぐ八丁道には利長公の銅像があり、利長公の墓所は武将の中では日本最大なのだそうだ。拍手

 

 

 

瑞龍寺の東司(とうす)跡に置かれている「烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)」像。

県有形文化財に指定されている本尊の像は現在、法堂に祭られている。

 

「東司」とは「現代のトイレ」のことで、「烏枢沙摩明王」は禅宗寺院の東司に祭られていることが多いが、瑞龍寺の東司が火災で焼失してしまったので法堂に安置されることになった。トイレ

 

「烏枢沙摩明王」は、東司の守護神で不浄を転じて清浄とすると言われ、病気平癒・学力向上・子宝・安産成就にご利益があるとされている。

 

 

 

 

 

  

 

県内初展示の高さ約3メートルのアート作品「ジャイアントフラワー」が大茶堂に展示されている。ラブラブ

 

 

 

段々と日が暮れてきて、仏殿の前では美濃和紙で作られたオブジェによる「明かりアート展」。

 

 

 

 

 

 

山門の前もライトアップされ、次々に色が変わりとてもキレイ。

たまには夜の景色もいいわね。スター

 

 

ソメイヨシノも満開になったし、次の花見は呉羽山公園へ。車

 

車で展望台付近まで上がれるので、展望台周辺を散策。

桜と立山連峰と、富山の街並みとが一望できるのがいいわね。ラブラブ

 

 

呉羽山公園に来る途中、桜のキレイな広場があったので山を下りて行ってみた。

菜の花も満開で、これもキレイ。ラブラブ

 

ここの広場の名称が「呉羽山公園都市緑化植物園」といって、ここも「呉羽山公園」の一部なんだね。

 

呉羽山を含む呉羽丘陵は範囲が広くて、県道を挟んでファミリーパークのある付近にまで及ぶ。

 

山の上に上がって展望台から眺めてもいいし、山から下りてふもとの広場でくつろぐのもいいわね。音譜

 

 

ここ一週間ぐらい気温の高い日が続いて、27日は富山で最高気温が28.3度と、まるで初夏のような気温の日で早咲きの桜も満開。晴れ

 

 

 

 

 

桜を見に来る人もたくさん来ていて、思い思いに写真を撮ったりして良い時間を過ごしている。

一転、30日は、あられも降ってきて冬に逆戻りしたかのような寒さ。

 

 穏やかな春が来るといいね。音譜

 

 

「ダブルバインド」とは「二重の」「拘束」という意味をつなげて作った言葉で、命令する側の「複数の矛盾する命令」から、命令される側が「どう行動すればいいのか」分からなくなる状態。

グレゴリー・ベイトソンが統合失調症の患者を研究している時に、ある一定の傾向があることに気づき発見された。



「ダブルバインド」 3つの掟

第1次禁止令  命令に従わないことを禁じる  「~をしてはいけない」という禁止令。 具体的に「何をしてはいけないのか」は、あいまいにしておくのが特徴。

第2次禁止令  異議申し立てを禁じる  相手が反論しようとすると「あなたのことを思って言っている」と、指示に従わないことを禁じ、さらに反論することも禁じる。

第3次禁止令  関係から逃げることを禁じる  「親子関係」「職場の上下関係」などの「固定された関係」から逃げることを禁じる。


 

「ダブルバインド」が発生しやすい関係性は、「親子関係」や「職場の上司・部下」「先輩・後輩」など、いわゆる「主従関係」「上下関係」に多い傾向で、当事者間には全く自覚がない場合が多い

 

発生しやすい要因としては、上記の関係性の中から、意識的にも無意識的にも「相手の思考・行動をコントロールしたい」という欲求が存在するからだと思われる


相手側が「上の人間」の言われるまま無条件に従ってしまい、「これは無理」などと自己主張できない人だと「矛盾する命令」をすべて抱え込み、達成しなければならないと思い込んでしまい、暴力や自傷行為など「精神的な問題」に発展する場合もあります。


例えば「会社の上司・部下」の関係性だと、

上司A  ちょっと、こっちの仕事やってくれないか?

部下B  はい、すぐ行きます!


上司A  おい! 何でこっちの仕事しているんだ! 

部下B  え?? さっき、こっちの仕事手伝えって・・・。

上司A  言い訳するんじゃない!!  自分の仕事に戻れ!!

部下B  すいません・・・。(戻る)


上司A  おい、こっちの仕事やってくれって言ったのに聞いていないのか?

部下B  え?? さっき自分の仕事に戻れって・・・。

上司A  言い訳はいい!! 俺の言うこと聞けないのか!!

部下B  すいません!! 今やります!!


・・・という感じで、言っていることは滅茶苦茶だが「とにかく自分に従え」というメッセージを出す、みたいな感じ。

相手側も、そんなやり取りに慣らされてしまって「自分でものを考えない・判断しない」という思考回路が出来上がっている状態。


これは「上司・部下」の設定だけど「親子関係」でも同じことが言える。

親A  ちょっとご飯の用意が遅くなるけど、先に掃除してしまいましょ。

子B  分かったー。(掃除始める)

親A  もう〇時じゃない!! ご飯の支度が遅すぎる!!  よその家では・・・(延々続く)

子B  ・・・・。(遅くなってもいいから掃除するって言ったやろ)



大人でも「パワハラ的な言動」に振り回されることにストレスがたまるのですから、年齢の低い子供はさらに問題です。

言葉に表されていない意味にばかり偏執する(妄想型)
言葉の文字通りの意味にしか反応しなくなる(破瓜型 はかがた)
コミニュケーションそのものから逃避する

 

命令する側(上の人間)の方も「相手に何を求めるか」「自分の伝えたい意図がハッキリと相手に伝わるか」を考えて話をしないと、命令される側(受け取る人間)の方も、どう行動したらいいのか分からなくなります。

自分の気分次第の言動を発して「自分の言いたいことは伝わるはず」と思うのは、独りよがりな思い込みでしかありません。

お互いに分かりやすいコミニュケーションを心掛けたいものです。





ダブルバインド

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