8月になると…
以前に比べて数は減りましたが
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(昭和30年代生まれの私たちは
毎年、夏になると戦争に関する
ドラマやアニメーションや怪談などが
頻繁にテレビで流れていたので
まるで自分が戦争体験者のような
気持ちになっていました。
((オールウェイズ3丁目の夕日に描かれていた時代
…のちょっと後と言えばかわりやすいかも))
その頃、戦争からは15年以上経っていたものの
まだまだその傷跡は人々の心に鮮明に
残っていたのだろうと思います。)
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終戦記念日が近づくにつれて
テレビでは今も…
戦争にかかわるドラマなどの放送を
目にするようになります。
昨日はアニメーション・ドキュメンタリー
「いわたくんちのおばあちゃん」
と言うのをやっていました。
ゆっくりした広島弁が画面に流れていきます。
私も瀬戸内海出身なので
まるで、近所の人の話しを聞いているように
見ていました。
(詳しくはNHKプラスなどの配信を
見ていただきたいと思います。8/12まで)
本当に簡単にあらすじだけ書きますね。
お父さん、お母さん、妹2人と自分の
5人家族でした。
(自分と言うのがいわたくんちのおばあちゃんで
その時高校生でした。)
みんなで家族写真を撮った後に
家族全員被爆して亡くなり自分だけが生き残ります。
(家族の遺体は黒く焼けていて
ほんの少し遺体に残っていた服の柄で
誰かわかったと、言います。)
その後結婚して家族ができても
家族みんなで写真を撮ることはできなくなります。
一緒に撮ろうよ…と、家族に言われても
首を横に振るばかり。
周りはいつか一緒に撮れるといいなぁ…と
言うのですが
一生一緒には撮れないだろうなぁ…と私は思います。
もう2度と大事な家族を失いたくないのです。
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もう…忘れかけていましたが
私は小さい頃
アルバムを見てはいつも泣いていたそうです。
どの写真を見ても泣いていたと言います。
理由はわかりませんが
いわたくんちのおばあちゃんと
同じだったような気がします。
私には2つ違いの弟がいて
2歳半で病気で亡くなりました。
無くなる前に
家の前で家族全員で写真を撮りました。
でも、何度撮っても私だけが
顔を下に向けていました。
この写真を撮る前になぜか…誰から聞いたのか
弟がもうすぐ亡くなってしまうことを
聞いていたのです。
そのために
泣きそうな顔を見られたくなくて
ずっとうつ向いていたのです。
それだけは覚えています。
私も、まだ4歳か5歳だったので
悲しい思い出がアルバムや写真と
結びついたのだろうと思っています。
私は幸い子どもだったせいで、なのか
いつの間にか…他にもいろいろと
写真を撮って行くうちになのか
今は誰と写真を撮っても
アルバムを見ても泣くことはなくなりました。












