階段を登り切ると…右に清水と彫られた手水舎と
左に社務所…があるのですが
残念ながら…
手水舎に水は無く
社務所は無人のようで
戸が閉まっており人影はありませんでした。
1人の神職さんが幾つもの神社を
持たれている兼務神社なのでしょうね。
(これも仕方ないとは言え問題よね。)
こちらは拝殿でその奥に本殿があるようです。

右手奥に見えるのが
最初に辿り着いた忠魂碑。
ここにも狛犬…二対目
髪の長い…ライオンのように
ちょっと西洋的な狛犬さんで
カッコよくて素敵です。
(肋骨あばらみたいなのが気にはなるけど…)

石川県に行った時に個人的に
親族がお世話になったのですが
なかなか行く機会が得られず
行けなかったので
同じ白山比咩神社しらやまひめじんじゃ
のご祭神である菊理姫命さまに
ご挨拶とお礼がしたく
今回やっとご挨拶とお礼が叶いました。
(因みにこちらの読みは白山はくさん神社です。)
賽銭箱の上に鈴…は、あるものの…
(トリビア的に…
神社本庁HPによるとこの鈴のことを
本坪鈴…ほんつぼすずと言うそうですけど)
鈴に紐が付いていないので鳴らせず…
お賽銭だけ置いてきました。
(まっ、いいか…
)
石碑の左に見えるのが三番目の対の狛犬の右側。
合祀神社の記されている石碑の
丁度上くらいに小さく見えるのが
本殿横の四番目の右の狛犬になります。
白い狛犬です。
そして下の写真
こちらは三番目の左側の狛犬と
四番目の左側の狛犬。
四番目はちょうど三番目の狛犬の頭の上に
ちょこっと見えています。
(ややこしくスミマセン。)
対の四番目は本殿を護っているようです。

こちらの白山神社由緒…によれば
「 御祭神ごさいじん
伊弉冊神(いざなみのみこと)
相殿あいどの
伊弉諾神(いざなぎのみこと)
菊理姫神(くくりひめのみこと)
合祀ごうし
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
罔象神(みつはのめのかみ) 」
因みに、岐阜県神社庁によれば…
(上記とほぼ同じではありますが…)
御祭神は
伊弉冊命(いざなみのみこと)
伊弉諾命(いざなぎのみこと)
菊理姫命(くくりひめのみこと)
摂・末社祭神として
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
弥都波能売命(みずはのめのみこと)
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
と記載されています。
弥都波能売命は
罔象女神とも水波能売命とも
表記されるようです。
要は水の神様なのですが。

ここにある石碑に書かれてある
白山神社由緒では
「延命長寿と農耕の神として崇敬され
棟札
(建物の新築・修理の際に
記録と安全を祈願して小屋裏などに
取り付ける木の札) には
寛永八年、寛文四年、元禄六年
正徳元年、文政三年再建の棟札有り
(要は何度も再建され)
また、新撰美濃誌、正木村の条に
「白山権現社は正木村内に有り」と
記載されし古社にして
(古い文献には白山権現社が
正木村に有ったと記されていて)
明治四十三年
村内 天白神社、三狐神社、貴船神社
合祀一村惣氏神として崇敬篤き御社なり
(村にあった三社は村の総氏神として
崇敬されてきた御社である。)
大正十五年
神饌幣帛料供進社
(しんせんへいはくりょうきょうしんしゃ)
に指定され
昭和四十年氏子の総意により
現代様式御社殿の再建に着工……」
(神饌幣帛料供進社とは
神饌…神様へのお供え物
幣帛料…お金
供進社…それらを供え物として
政府(自治体)から授与される社で
郷社・村社に多く、明治から
太平洋戦争の終戦くらいまでの話しで
現在は無いはずです。)
…とあり
こちらも神社庁でもほぼ同じなので省略。

愛子内親王様
ご誕生記念と言う…その名も
侘助椿わびすけつばきがひっそりと佇んでおりました。