年末は忙しく…ご挨拶も出来ぬまま
年が明けてしまいました泣き笑い

で、やっと明けて
少しゴロゴロ出来るようになり

こうして去年を振り返り
記事を書いております。


キラキラ流れ星キラキラ流れ星キラキラ



去年の暮れ…まぁ、12月ですけど。

縁あって…と言うか
私の縁と言うより

こちらの妙心寺にご縁のあった
親族に案内してもらいました。
(偉い方とかではありませんのでにっこり)

JR山陰本線 花園駅から
北に歩いて行きました。

すると…お寺の塀らしき物がずーっと
ずーっと続いていて 

大きいお寺だなぁ…と
思いながら歩いていました。






あんぐりでかっ!

着いたところが立派な御門!!
大きいお寺だというのがわかります。



臨済宗  妙心寺派  大本山 
正本山妙心寺。
(…と言う、要は禅寺です。

そう言えば…神奈川県の鎌倉の
建長寺に行ったことがありますが

あそこも同じく臨済宗ですが
あちらは建長寺派のお寺ですね。)


臨済宗と言う宗派の中の妙心寺派
大本山(中心のお寺)で山号が正本山
お寺の名前が妙心寺となります。

本尊は釈迦如来。

禅寺と言うのは
座禅をやっているお寺のイメージです。

開基(創設者)が花園天皇…偉い方です(第95代天皇)。

昔はお花がいっぱい咲いて…花園。
花園天皇はそこにお住まいになっていました。

花園大学、花園高校、花園中学校
洛西花園幼稚園は関連施設だそう。




境内全景(案内)図を見ると
その広さに2度驚きます。

〇〇院と名前に院の付くお寺がほとんどで
皇族とのご縁の深いところが多いとか。

私たちは南総門と言うところから入ったのですが

北総門まで普通に人々が通り道として
使っておいでのようで、自転車も通ります。




こちらは三門…(だったかなぁ真顔…?)




階段を登り切ると…右に清水と彫られた手水舎と
左に社務所…があるのですが

残念ながら…
手水舎に水は無く

社務所は無人のようで
戸が閉まっており人影はありませんでした。

1人の神職さんが幾つもの神社を
持たれている兼務神社なのでしょうね。
(これも仕方ないとは言え問題よね。)

こちらは拝殿でその奥に本殿があるようです。






右手奥に見えるのが
最初に辿り着いた忠魂碑。


ここにも狛犬…二対目
髪の長い…ライオンのように

ちょっと西洋的な狛犬さんで
カッコよくて素敵です。
(肋骨あばらみたいなのが気にはなるけど…)



石川県に行った時に個人的に
親族がお世話になったのですが

なかなか行く機会が得られず
行けなかったので

同じ白山比咩神社しらやまひめじんじゃ
のご祭神である菊理姫命さまに
ご挨拶とお礼がしたく

今回やっとご挨拶とお礼が叶いました。
(因みにこちらの読みは白山はくさん神社です。)

賽銭箱の上に鈴…は、あるものの…

(トリビア的に…
神社本庁HPによるとこの鈴のことを
本坪鈴…ほんつぼすずと言うそうですけど)

鈴に紐が付いていないので鳴らせず…
お賽銭だけ置いてきました。
(まっ、いいか…真顔)




石碑の左に見えるのが三番目の対の狛犬の右側。

合祀神社の記されている石碑の
丁度上くらいに小さく見えるのが

本殿横の四番目の右の狛犬になります。
白い狛犬です。


そして下の写真
こちらは三番目の左側の狛犬と
四番目の左側の狛犬。

四番目はちょうど三番目の狛犬の頭の上に
ちょこっと見えています。
(ややこしくスミマセン。)

対の四番目は本殿を護っているようです。





こちらの白山神社由緒…によれば

「  御祭神ごさいじん
伊弉冊神(いざなみのみこと)

相殿あいどの
伊弉諾神(いざなぎのみこと)
菊理姫神(くくりひめのみこと)

合祀ごうし
天照大御神(あまてらすおおみかみ)  
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
罔象神(みつはのめのかみ)  」


因みに、岐阜県神社庁によれば…
(上記とほぼ同じではありますが…)

御祭神
伊弉冊命(いざなみのみこと)
伊弉諾命(いざなぎのみこと)
菊理姫命(くくりひめのみこと)

摂・末社祭神として
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
弥都波能売命(みずはのめのみこと)
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
と記載されています。

弥都波能売命は
罔象女神とも水波能売命とも
表記されるようです。

要は水の神様なのですが。





ここにある石碑に書かれてある
白山神社由緒では

「延命長寿と農耕の神として崇敬され

棟札
(建物の新築・修理の際に
記録と安全を祈願して小屋裏などに
取り付ける木の札) には
寛永八年、寛文四年、元禄六年
正徳元年、文政三年再建の棟札有り
(要は何度も再建され)

また、新撰美濃誌、正木村の条に
「白山権現社は正木村内に有り」と
記載されし古社にして
(古い文献には白山権現社が
正木村に有ったと記されていて)


明治四十三年
村内  天白神社、三狐神社、貴船神社
合祀一村惣氏神として崇敬篤き御社なり
(村にあった三社は村の総氏神として
崇敬されてきた御社である。)


大正十五年
神饌幣帛料供進社
(しんせんへいはくりょうきょうしんしゃ)
に指定され
昭和四十年氏子の総意により
現代様式御社殿の再建に着工……」

(神饌幣帛料供進社とは
神饌…神様へのお供え物
幣帛料…お金
供進社…それらを供え物として
政府(自治体)から授与される社で

郷社・村社に多く、明治から
太平洋戦争の終戦くらいまでの話しで
現在は無いはずです。)

…とあり

こちらも神社庁でもほぼ同じなので省略。





愛子内親王様
ご誕生記念と言う…その名も
侘助椿わびすけつばきがひっそりと佇んでおりました。


以前、岐阜城に行った時に

遠くに見えた
小高い山が気になると書いたのが鷺山。

そこの白山神社に
つい最近、やっと行くことが出来ました。

あ、因みに…もう一つ
大きい山の方にも白山神社がありますが…
(…そちらではありません、念のため)。





最初、裏側の方の駐車場に停めてしまい
そこから登ってしまったようでしたので

一度降りて正面に回りました。

こちらには神社の柵の外になっています。

写真正面に見える屋根付きの小屋は 
手水舎です。

写真には写っていませんが
左手に忠魂碑がありました…合掌。




忠魂碑と向かい合うように右手には本殿が。



白山神社駐車場と言う看板のある
駐車場が神社の周りにいっぱいあります。

お正月には多くの人が来られるのでは…と
想像しました。

正面の駐車場から撮影。




扁額には
村社 白山神社とあります。

この日は朝から曇っていて
時折、小雨が降ったりして

雲が山の下に降りるほど
湿度の高い(90%ほど)日でした。

それでもこちらは清々しく
良い気の…

皆さんに大事にされている様子を
感じることの出来る神社でした。




こちらの神社には狛犬が合計で
四対置かれています。

階段の途中にお口に朱の線の入った一対。




(石)灯篭もちゃんと月が西、日が東側に。




鳥居の右手には
馬頭観音もちゃんと祀られていました。

村社なので村内安全なのですかね真顔ふっ。