僕には、毎日メッセンジャーで小さな画像(jpgだったりGIFアニメだったりする)を、おはようや、こんにちはの代わりに送り合っている友人がいる。ドイツ留学のとき同じ科にいたエジプト人だ。今はサウジアラビアに住んで、王立病院で働いている。よくもこんなに画像を持っているものだと思うくらい、毎日画像は違っている。ぼくは「いいね」だったり、メッセンジャーで検索すると出てくる画像だったりを送ったりしている。時々メッセージをやりとりするときは、お互いの共通言語であるドイツ語だ。もう何年になるだろう。彼は送信をかかしたことがない。

その彼が、珍しくpdfを送ってきた。よく見ると前立腺生検の病理報告書だった。癌があるのは一目で分る。直ぐに「これは自分のだ」とのメッセージ。聞けば彼のお父さんも、お兄さんも前立腺癌だったという。前立腺癌ではPSA(prostatic antigen)という腫瘍マーカーを測り、値が4.0を超えると癌の疑いがある。10を超えるとまず確実に陽性だ。彼の値は9.5だったから、ほぼ癌の存在は間違いない。確定診断のためには直腸経由で生検をする。MRIも局所診断の役に立つ。確実に生検の針を腫瘍に当てるため、先にMRIをすることが最近では多くなった。

簡単に疫学をみておこう。日本では概ね10万人が一年間に前立腺癌と診断され、15000人がこの癌で亡くなる。男性の癌では2番目に多い。生存率は99%だが、家族歴や遺伝子変異のある人は要注意。リスクファクターは動物性脂肪の多量摂取、肥満そして加齢である。

治療は基本的に外科手術で、有名なダヴィンチが登場する。ダヴィンチとは要するに遠隔で操作する腹腔鏡だ。前立腺摘出用として最初に認可をうけた。今では他の部位でも使えるようになっている。進行してしまった場合には、男性ホルモンを抑制する薬を使ったり、除睾術を行なったりする。それでも効かないときに、初めて抗がん剤を使うことになっている。再発したときや最初から手術がしにくい場合は、放射線治療を行なう。

彼は今、転移検索を受けている。PET(PSMA[前立腺特異的膜抗原]-PET)による転移検索は非常に感度が高く有用で、受ける価値のある検査だ。前立腺癌の原発巣はもちろん、転移先でもマーキングした放射線物質を取り込んで、光る。

彼と最後に会ったのは8年前、バルセロナであった学会の時だ。その時、彼は何時の日か、僕をサウジに呼んで、もてなしたいと言ってくれた。ただ、今は外国人には危険すぎて呼べないのだそうだ。彼の前立腺癌が完治するまでに治安の回復は困難だろうか?数ミリの前立腺癌を見つけて完治させられる世の中でもなお、危険な場所があるというのは実に嘆かわしいことだと思う。